2011年05月20日

Mythomania

 嘘吐きな君は、今日も僕を見て、笑う。
「ねえ、死ぬほど好き」
 触ったら溶けてしまいそうなほどの恍惚とした表情で、何度も何度も、呟く。
 
 彼女は嘘吐きだ。
 そりゃあもう、筋金入りと言っても過言ではないほどで、息をするように嘘をつく。にっこりと微笑んだかと思うと、グロスを綺麗に塗りたくった綺麗な唇をそっと開く。そこにはもう、嘘が広がっている。
「あのね、昨日可愛い雑貨屋さんを見つけたの」
「そう」
「ビーズの可愛いペンダントがあってね、どうしても欲しかったんだけど、手持ちがなくて……。泣く泣く我慢して帰ったの」
「そうだったのか。今度、一緒に買いに行こうな」
 僕がそう言ってやると、彼女は普通の女の子のように瞳を輝かせて笑った。
 嘘吐き。
 昨日、君は僕と一日中一緒にいたじゃないか。
 
 どう説明すればいいのかは、僕自身もよくわからない。容姿端麗な彼女は、初めて知り合った時から平気で嘘をつく娘だった。敵意のないあの笑顔は人を寄りつかせるもので、彼女は良く人の輪の中にいた。誰もが同じ制服を着ているはずなのに、彼女の姿だけは他とは違って見える。……そういう娘だった。うまく着こなしているという表現が正しいのかどうかはわからない。一人だけ何か違った雰囲気を、制服の上から纏っているように見えた。
 けれど、一人ずつ彼女の傍から離れて行った。「彼女は嘘吐きだ」という噂が、女の子たちを中心に広まって行く。最初は彼女の容姿に惹かれて残っている人もいたけれど、毎日続いて行く嘘に嫌気が差さない人なんていない。そうして誰もいなくなり、僕は彼女に声をかけた。
 彼女は、僕に笑いかけた。
 
 彼女の嘘にはパターンがある。彼女の決めたルールのようなものかもしれない。まず、人のことは言わない。あくまでも自分のことを言う。人が不利になったり、誰かの評判が下がるようなことは言わない。そして、どうでもいいことが多い。昨日、どこに行ったとか、誰から電話があって、とか。すぐに嘘だってわかりそうなものからそうでないものまでさまざま。
 中学の時に志望校を聞いたら、迷わず進学校の名前を上げた。
「周りはもっと上を目指してもいいって言ってくれてるんだけど」
 結局彼女は数ヵ月後、僕と同じ高校に入った。進学校とは程遠い、底辺に近いような高校だ。
「良かった、あなたと同じ高校にずっと行きたいって思ってたの」
 嘘吐き。
 
 彼女と一緒にいることの利点としては、話を真面目に聞かなくてもいいことだ。彼女が嘘吐きなのだから、必然的に僕もよく嘘をつく。僕は彼女の話を丁寧に聞いている振りをする。
 自分は何をしているんだろう、と良く思う。人と話しているのに、僕は話を聞いていなくて、彼女は一人で嘘を紡ぎ続ける。楽しさも感じない。ただ、一緒にいるだけ。
 いつからか、彼女は僕を好きだと言うようになった。何も言っていないけれど、付き合い始めたことになったらしい。かと思えば、時々友達に戻ったりする。
 嘘吐き。
 
 けれど、恋人同士だと彼女が言う時には……、僕は彼女とキスをして、肌を重ねる。触れ合って、名前を何度も呼んで。普通の、恋人みたいに。
 感じてくれている彼女の顔を見ていると、その時だけは「嘘吐き」とは言いたくないと、思う。
 
 一度だけ、彼女の家の前まで行ったことがある。住宅街にある古びた一軒家で、……なんというか、手入れがされていないような印象を受けた。ゴミ屋敷とは言わないけれど、全体的に汚れていて、少しだけ異臭がした。家の中からドタドタという大きな音が響いていた。同時に、ガラスの割れるような音が響いた。
「また明日ね」
 どう見ても普通の家じゃないって、普通の環境じゃないって、誰が見てもわかるのに。彼女はそう言って、笑った。
 もし彼女が「辛い」と言って、涙を流してくれたなら、僕は彼女を抱きしめて「守ってあげる」と言えたのに。
 僕は手を振った。
 嘘吐き。
 
 僕は彼女の嘘を許しているつもりはない。時が来たらきっと、僕は彼女を捨てるだろう。
 彼女は僕を引きとめない。
 泣きもしない。取り乱しもしない。
 少しだけ悲しそうな顔をして、僕を見て少し笑って。
 「バイバイ」って、きっと、そう言うんだと思う。
 そうして僕はきっとその時になって、今まで一度も言えなかった言葉を彼女に向けて言うんだ。
 
「嘘吐き」



みそまにあー
にゃんぱいあののーとに書いた小説です。
なので所々雑なのと、1ページに書ける文字数が少ないせいでとか書いておく。
posted by しょこ at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リボン

 それは伝染病のように。
 
 私の通っている女学園で、1週間前まで、髪にリボンを付けていた子はいなかったと思う。私の記憶している限りだけれど、校則違反にも近いようなイメージだった。
 けれど数日前から流行り始めて、今ではクラス中、いや全校生徒のほとんどが髪にリボンをつけている。昨日付けていなかった子も、何やら誰かと話をしていて、今日は付けてくることにしたらしい。
 髪の長い子は髪を結んでそこにリボンを付けて、短い子はカチューシャのように。色は自由らしくて、茶色とかえんじとかいろいろだった。紺の制服に似合うなら特に問題はないみたいだった。
 
 今ではその輪の中に加わっていないのは、私を含めて数人しかいない。これが流行というやつなのだろうかと、私は酷く辟易している。こういうものが私は嫌いだった。みんながみんな同じようなものを身につけ、手を伸ばし、それに染まろうとしない人間を排除するような風潮……実に馬鹿らしいと思う。一緒でなければいけないなどと誰が決めたのだろうか? 制服も一緒で、他の物も一緒にして?
 私はそんなもの信じない。そんなふうにはならない。独立した、孤高の存在でありたいのだ。だからこそ、誰も私に話しかけなくても、全く気にはならない。私は間違っていない。私がおかしいわけではない。私は今の自分に誇りを持っている。だから……
 だから……
 
  ◆
  
「間引いたの」
 間引くだなんて言葉は、久しぶりに聞いた。以前に聞いたのは、確かガーデニングをしてみようと思い立った時だったと思う。等間隔に草が並ぶように、必要のないものは引っこ抜いてやるのだ。
「適当に殺すだなんて、芸がないでしょう? だからね、噂を流したのよ。その日までに髪にリボンを付けていない子は、殺人鬼に殺されてしまうって」
 彼女は平然と言いのけた。汚れた手で、髪を後ろに払う。
「だから殺したの」
「それって、理由になってるの?」
 彼女との付き合いは長いけれど、彼女の考えは理解できないし、一生したくない。
「なってるわよ。大切に思われている人は、その話をするでしょう? 真偽はわからなくても、貴女に死んでほしくないのだと伝えるでしょう? 素敵よねぇ、幼いながらの青春って感じで」
「……じゃあ、貴女に殺されたのは」
「そう、誰にもそう思われていない人間。それから、信じようとしなかった、自殺志願者かしらね?」
 まあ、どうでもいいけど。
 彼女はそう言ってあくびをする。退屈そうに、私の方を見つめる。
 殺した癖に。人を、殺めた癖に。彼女はそれを反省したことなど一度もない。
「考えてみて。たくさんの人が後悔するの。『噂が本当だったなんて』『ああ、あのとき声をかけていれば』『私があの時声をかければ彼女は死ななかったのに……』……たくさんの感情が渦巻いて、罪悪感という酷い悲しみが押し寄せるの」
 彼女は恐ろしい人間だ。普通……いや、普通なんてわからないけれど、少なくとも私の想像では、人を殺す人間なんて、人の痛みをわからない欠陥製品か何かだと思っている。けれど彼女は違う。人が亡くなる痛みを知っている。胸が締め付けられるように苦しいであろうことを、想像して、理解して、わかって、殺す。
「私を殺したら、あなたの退屈はなくなるの?」
 私が尋ねたら、彼女は一瞬悩んでからにっこりと笑って見せた。
「一瞬は、楽しいと思うけどね。でも、一瞬じゃあしょうがないし」
「一瞬」
「そう。こうやって話していれば、貴女は一生そんな憎しみに満ちた表情で、私を見つめてくれるのに。そっちのほうが、ずっと楽しい」

 彼女はまたきっと、誰かを殺すのだろう。勝手な理由を勝手にでっち上げて、私の表情を歪めるためだけに。
 彼女を許せなくても、命すら握られている私は、ただ生かされているだけの私は。
 ただ、終わりを祈るのだ。続いて行く憎しみも感情も全部終わって、彼女が愉しみを感じることがなくなればいいと。それは人が人である限り、不可能なことなのかもしれない。私は人間らしい真っ直ぐな感情を抱くからこそ、生かされている。
 
 狭い部屋に、監禁されたままで。
 

きもちわるいはなし。
posted by しょこ at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マイク

「あー、それでなんだっけ? 前にも言ったよね、そんなこと」
 彼女の声がアンプから聞こえてくる。1日に数時間、彼女と話をするのが今でも日課になっていた。そうして彼女は1日に1回、その事実を忘れるなとでも言うように、笑いながら言う。
「あたしが、死ぬ前に」

 彼女とはバンド仲間だった。彼女がボーカル、俺はギターで、計5人のバンド編成。基本的に仲良くはやれていたと思う。俺があんまりみんなのプライベートに、口出ししないようにしてたから知らなかっただけなのだけれど。
 まぁ言ってしまえば、男女比率が良くなかったのだろう。彼女以外はみんな男だった。俺はそのことをなんとも思ったことはなかったけれど、みんなはそうじゃなかった。それだけの話だった。
 
 彼女の声は美しかった。天使の声とか言う人もいたけど、俺は悪魔の声だと思ってる。もしくは堕天使。それくらい、美しすぎて気持ちが悪いくらいに、美しかった。恐ろしい声だと、思った。
 俺たちのバンドは彼女が居たから成り立っていたに過ぎない。ファンの人たちもみんな彼女目当てで来ていたし、彼女だけならもっと早くプロの世界に行けたのだと思う。俺たちは彼女の力に支えられていた。いや……
 俺以外のメンバーはみんな、彼女の虜だったのだ。
 
「まぁ、仕方ない。あたしが悪いわよね。君以外のみんなと、そりゃあもう公平に1回ずつ付き合ったら。刺し殺されても仕方ないっていうか」
 バンドの練習が険悪になって。その日に彼女はマイクの前で歌いながら死んだ。犯人はベースの男で、彼女の唄や声に、一番釘付けになっていた奴だ。歌っている姿のまま、一番輝いている姿のまま、彼女は止まって、終わった。
 彼女の愛用のマイクは血まみれになって、普通にはもう使えない。彼女と付き合った連中がそれを引き取るのもあれで、仕方ないから俺が引き取った。
 その日から家で若干の怪奇現象が起こって……、いや、起こった気がして。ああでも、もうこうなってしまった以上認めるしかないか……。彼女が、起こしたのだと思う。コップが割れたのも、ギターケースの鍵が突然開いたのも。マイクの鳴るようなキーンという音が、頭に響いて消えなくなったのも。
 気持ち悪くなって、俺は家のミキサーに繋いで、そのマイクの故障具合を確かめてみた。次に引き取る人には申し訳ないけど、「使える」と言って売り払ってしまいたかったのだ。
 そうしたらまぁ。
 喋ったんだけど。
 
「いやもう、ほんと邪魔なんで、なんとかなりませんかね」
「酷いなぁ。こんなに若くて可愛い子と同棲してるっていうのに」
「同棲じゃねぇよ。声だけだし」
「まだ、歌えるもの」彼女はそう言って笑うように言った。「まだ歌えるもの。そうしたら、生きてるのも死んでるのも変わらないじゃない?」
 彼女はそう言って、毎日俺に向かって一曲歌う。魅せるようなその声は、生前から変わらない。息をするその音まで、全て、そのまま。
 きっと、この声がみんなを狂わせたんだ。
 狂気に落ちる歌。人の心をもてあそぶような、悪い魔法のような歌。

 こういう状況になってから一度だけ彼女の声を録音してみたことがある。そこには、美しすぎるあの声が綺麗に残っていた。生きていたころよりもずっと、艶を増して。俺はその事実を彼女に伝えずにいる。ばれてしまったら、彼女の欲望は抑えきれないままに溢れだしてしまうだろうから。
 こんな声を、もう誰にも聞かせるわけにはいかない。
 
 彼女を閉じ込めて、毎日少しだけ会話をして。
 
 心のどこかでずっと求めていた彼女を、俺は手に入れてしまったのかもしれない。



お題「マイク」で書きました。
地震後、超病んでて、
「私こんな狂ったような作品ばっかり書いてていいんだろうか」と
何十回も何百回も悩んだ挙句、
「あー、私こういうの書いて行くしかないんだなぁ」と思わされた短編です。
posted by しょこ at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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