2009年03月26日

あなたのなみだ

 彼女の隣で多くの時間を過ごすのにも慣れた。いつでも新品のようにぴしっとした彼女の制服も、くせのない髪も、完璧すぎる全ての言動にも、もう慣れた。それを知って離れていく人が多い中で、私は彼女の前に残った。
「雨、ね……」
 二人でいつものように帰り道を歩いていく。どんよりとした曇り空の下で、空のことになんか興味を持たずに会話を進めていた。彼女が呟いたのと同時に、私も額に冷たさを感じた。
「ほんとだ。少し急ぐ?」
「いいえ。いいわ。いざとなったら車で帰ればいいのだし」
 車。女子高生だと言うのに、彼女は平然とそう言いのける。勿論、彼女が運転するんじゃない。電話一本で、彼女の元に黒塗りのセダンが訪れるだけで。
 お嬢様というとどうしてもみんな敬遠してしまう。もしくは社交的なお嬢様ならお金があることを自慢するかもしれない。彼女はそのどちらにも取れる、普通だった。普通であろうとするゆえに、放たれる雰囲気のようなものが彼女と周りに一線を引いた。慣れてしまうと彼女は車も普通に使うし。お金があるなりの普通の行動をする。それが妬ましいと感じたことは特にない。
「ねえ、それが誰かの涙だったら、って考えたことない?」
「? 雨よ?」
「そうじゃなくて、……なんていうのかしら。例えば涙が蒸発して、空に上って、それが落ちてきた奴なの」
「? それだって雲と中の水滴と混ざるから……」
「もうっ。例えばだってばぁ」
 地面には少しずつ濡れたあとが広がっていく。彼女は少しむつけて見せた。私は素直に彼女の言うことに従うことにする。
「貴女の想像の中の少女は涙を零し、それが空に昇っていく。そうして、貴女の額へと落ちてくる……素敵じゃない?」
 彼女がそう言うなら、そうなのかもしれない。私には夢を語る能力がないから。
「貴女の想像の中の少女は、どうして泣いている? 悲しいことがあったの?」
「……わからないわ。泣いたことってあまりないから」
 想像が出来ない。わからない。泣くことが仕事なのかもしれない。私はそんな風にかんくぐってしまう。
「じゃあ、貴女が泣いたときは、涙を小瓶に入れて私に頂戴ね? 空に昇っていったら、捕まえられないもの」
 私は泣くのだろうか。泣くことなんか、きっとないだろう。何があっても、私の心は乾いている。
「貴女が死んだら泣くわ。きっと」
 ぽつりとそう呟いたら、目の前にいたお嬢様は驚いた顔で振り返って、顔をゆがめて、頬を真っ赤にして、それから「ありがとう」と呟いた。
 
 恋でも愛でも友情でもなんでもない何かに縛られていた私たちは、それでもきっと幸せだったのだと思う。
 これは、ただそれだけの話。



なんだこいつら。
posted by しょこ at 12:46| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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