2009年03月26日

兆し

 どうして私は、彼女の存在に気づいてあげることが出来なかったのでしょうか。

 私は普通のOLをしていました。務めているところは一応大手で、何千人という社員がそこで働いていました。女性も多く、働きやすい職場でした。
 彼女は私にとって、よく気がつく後輩でした。まっすぐで笑顔が可愛くて、口ごたえもしないとても素直な子です。同じ課なので、よく彼女と昼食を共にしました。もちろん、二人きりではなく、いろいろな人と一緒に。彼女は他の社員ともとても上手に関係を築いていました。
 彼女は本当に、よく気がつくのです。仕事もさくさくとこなしますし、たとえば食事のときにゴミが出たりすると、全員の分を率先してまとめて捨てにいくような子でした。どうせ、自分も捨てるしと言って気兼ねなく笑うので、つい私たちはその笑顔に頼ってしまいます。課の中でも、デスクの脇に一人一つずつごみ箱があって、定時になるとそれをしっかり一部屋分回収して、おそうじのおばさんに渡すのも彼女でした。フリーのコーヒーがなくなっていると作ってくれるのも彼女だし、小さな雑用を全て賄っているような女性でした。その全てを、いやいやではなく当然のようにやっている姿は誰の目から見てもすてきでした。

 ある日、私は万年筆をなくしてしまいました。花柄の美しいもので、とても大切にしていたものです。私は彼女にも話を聞きました。彼女は息を飲みました。
「ええ、わかります。花柄の……。すみません、昨日拾って、家に置いて来てしまいました。……盗もうとしたんじゃないですよっ? 今日はちょっとかばんを変えてみたので……。そうだ! 先輩、今日私の家に来ませんか? ペンも返したいし、明日は休みだし、いろいろお話しましょうよ」
 私は彼女の言葉に笑顔で頷きました。

 気がつくと私は小さな部屋の中にいました。私の部屋ではないけれど、しっかり部屋として完成した、住みやすい部屋でした。首には首輪がついていて、そこから鎖も繋がっていました。その部屋には扉がなく、あっても、私の届く位置ではなく、壁一面がガラス張りになっていました。向こう側には別な部屋がありました。そこに、彼女がいました。
「先輩は私のコーヒーを飲んで、眠ってしまったんです。覚えてますか?」
 彼女の誘いに返事をして、彼女の家を訪れて。マンションの最上階にあるとても広い部屋で、私は本当にびっくりしました。
「じゃあ、先輩。これは覚えてますか?」
 彼女はそう言って、白いティッシュのようなものを見せました。見覚えはありませんでした。
「先輩と私が初めて会った日に、先輩が捨てたごみですよ」
 死にたいという言葉は、こういうときに使うのだと思いました。
「他にもね、いっぱいありますよ! 見てください、この部屋にあるもの全部! 先輩が捨てたゴミ、私、いっぱい拾って帰ってたんです。あ、腐敗はしないようにちゃんとしましたから、大丈夫ですよ。私、先輩が本当に欲しかったんです! 先輩が欲しくて欲しくて、こんな部屋まで作っちゃいました。防音室を改造したんです。叫んでも無駄ですよ」
 欲しい。彼女はそう言いました。彼女にとって私は人形で、私はおもちゃに過ぎないのです。
「先輩は今日からここで暮らすんですよ。無理はしちゃだめです。あ、あたしは先輩が死んじゃっても先輩の体とーっても大事にしますけど、死ぬの、苦しいと思いますよ。私は先輩が大好きなので、先輩を幸せにします!」

 私が半年間捨て続けたごみが、神々しく壁に張られて飾られてありました。
 それらに見守られながら生きていく。

 私はそのとき、何もかも忘れて狂いたくて仕方がなかったのです。


これはホラーです。
posted by しょこ at 13:12| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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