2009年03月26日

同じ物

 私は施設で生まれました。母親と言うものは……いないのだと思います。いえ、なんと説明したらいいのでしょうか。私の卵子を体内で育て、この世に送り出したという点での母は居るでしょうし、卵子を提供した母も、精子を提供した父もいます。勿論、その二つを改造した科学者たちもたくさんいます。私たちに料理を与える人もいたし、一般的な躾を行う人もいました。その全てが、父で、母だけれど、どちらとも言えないのだと思います。
 施設にはたくさんの子どもたちがいました。私より年齢がもっと高い人もいたけれど……、ほとんどは6歳にも満たない子どもでした。私の年齢まで生き残る子は少ないのです。みんな、途中で死んでしまうから。
 私たちはみんな、同じ顔をしていました。私は途中まで、双子のように顔の同じな姉妹たちと暮らしながら、数年前の自分と数年後の自分を見ながら暮らしていたのです。名前はありませんでした。6歳になると模擬的な学校に通うために、名前が与えられましたが、それより前は……。つける意味がないのです。どうせほとんどが死んでしまうのですから。
 姉妹たちが死んでいくのを、私は何度も見てきました。何かの病気のように突然苦しみだす子もいるし、風邪で高熱がでて、そのまま死んでしまう子もいました。私たちは基本的に体が弱く、ほとんどの病原体に対して抗体がありませんでした。科学的に無理矢理作り出した抗体を科学者たちに体に植え付けられて、そのまま死んでしまう子もいました。主に、6歳に満たない妹たちです。死というものが蔓延していて、私たちはその全てに慣れていました。
 奇跡的に生き延びている……姉と、私は、実験的には成功例だとして、丁重に扱われました。人体実験をたくさんしてから、成功したものだけが私たちに与えられるし、妹たちとは全ての扱いが違います。このまま幾つまで生きるか、科学者たちは実験したいのでしょう。しかし、そううまくはいきませんでした。
 姉は……、与えられた名前はバネッサと言います。バネッサは体を病み始め、もう長くはなさそうなのです。私はバネッサに会いたくて、真夜中に彼女の部屋へと忍び込みました。
 姉は、私にうつろな目をそっと向けました。もう、驚くことすら出来ないようでした。
「こんなところ……来ては駄目よ……」
 消え入りそうな声で、彼女は言いました。私は彼女の手を取り、首を横に振りました。彼女は小さな声で呟きます。私は必死に彼女の声を聞き取ろうとします。
「死にそうな姉妹を見るのは……、苦しくはない?」
「……少し。もう、慣れてしまったから」
「そう……、私はずっと、苦しかったわ……」
 彼女の瞳から、涙が零れました。言語以上のことを誰かが教えたわけではないのに、私たちは感情を知っていました。
「いつだって、自分を見ているようだった……。数年前の自分を、数年後の自分を、見ているようだったわ。同じ顔だから……苦しみが全部移ってきそうだった……」
「バネッサ……」
 私の瞳からも、涙が零れてきました。こんな場所でこんな風に生まれなければ、知らなくて良かった悲しみを、私たちはたくさん知っていました。
 私たちは成功例なので、望めばそれなりにいろいろなものが手に入りました。音楽が聞きたいと言えばCDを、本が読みたいと言えば本を、木彫りの彫刻がしたいといえば、ナイフを。
「一緒に逝きましょう、バネッサ。私はこのまま貴女が病んでいくのを、一人で見たくないわ」
 私が取り出したナイフを見て、彼女は困惑したように視線を上下させて、それから私を真っ直ぐに見て。
 微笑んだのでした。
 
 血まみれになったベッドの上に二人の少女が横たわっていた。二人は年齢は違うものの、とてもよく似ていて、どちらも首筋にぱっくりと開いた傷跡があった。二人は寄り添うように抱き合って、その死に顔はとても穏やかだった。
 二人の死をたくさんの人たちが悲しんだ。それでもそれは、彼女たちの存在価値に対してだけで、彼女たちの性格や優しさを失くした人を嘆く人は、誰も居なかったと言う。
posted by しょこ at 13:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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