2009年03月28日

レンタルビデオ

 返ってこない、ビデオがあった。
 
 レンタルビデオ店でアルバイトを始めてから、半年が経った。レンタルビデオ店といっても、全国チェーンの有名なところではなく、私が働いているのは深夜独身男性によく好かれるような、ええと、もう説明はいいかしら、そういうお店だった。自給が高く、何よりレジでは顔が見えないようになっているので、安心して勤めに出れる。
 私たちの仕事は普通のレンタルビデオショップと同じで、お客様が持ってきた商品をレジでチェックして、会計を行い、一週間で返却をお願いしますと言う。それだけだった。返ってきたビデオはすぐに並べず、閉店後に一斉に戻すので、お客様と接する機会はほとんどなかった。
 いや、一応、ある。昼間にだけにある仕事。それは、ビデオを延滞しているお客様に電話をすること。私は夜よりも昼間に入るほうが多かったから、その仕事を結構受け持った。昼間はあまり人が来ないので、お客様がいない時間を見計らって電話をした。
 私はリストの一番上を見る。また、この人だ。先週も先々週も、私が電話をした。借りパクしようとする人は電話にも出ないか、もしくは電話口で切れる人が多いのだけれど、この人だけは違った。「申し訳ありません、申し訳ありません」と何度も謝るので、私も「もう少し待ってあげよう」という気になってしまう。店長もそう考えたようだった。一応、と思って電話をしてみる。
「もしもし、○○様でしょうか?」
「はい……、そうです……」
 消え入りそうな声で男が返事をする。また、この声だ、と思った。
「○○○○ビデオの佐藤と申しますが、只今お時間大丈夫でしょうか?」
「申し訳、ありません……」
「あ、いえいえ、そういうわけではないんですけれど」
 早速謝られてしまったので、私は焦ってしまう。もう、この人のペースに乗せられている。この声も全て演技だとしたらと思うと、ぞっとする。
「当店で借りているビデオがありますよね? 延滞金のほうが少し高くついていると思うんですけれど、大丈夫ですか?」
「申し訳ありません。只今立て込んでおりまして……。必ずお返ししますので、もう少し待っていただけませんか……?」
「そうですか。わかりました。お忙しい中お電話差し上げて申し訳ありませんでした」
「いえ、本当に申し訳ありません……」
 最後まで沈んだ声で電話を切った。私ははあと溜息をついた。
 
 それから一週間ほど経った頃だった。お客様には似つかわしくない、中年の女性が店内に入ってきた。女性は真っ直ぐにレジまで向かい、レジにいた私にこう言った。
「少し込み入った話がありますの……。よろしいでしょうか?」
 私はすぐに訳ありだと思い、女性をお店の控え室のほうへ招きいれた。
 店長やバイト君たちがみんなタバコを吸うので、控え室は本当にタバコ臭い。女性が少しむせたので、私は「すみません」と頭を下げた。
「これ……」
 女性はうちのビデオ店の袋を鞄から出して、テーブルの上に置いた。私が中身を見ると、ビデオが一本入っていた。
「うちの息子が借りていたもので……お返しにきました」
 私は状況を察した。うちのお客さんが一人亡くなったのだ。「確認してきてもよろしいでしょうか?」と尋ねると女性はこくりと頷いた。ビデオをレジに通すと延滞料金と一緒にお客様情報が現れた。間違いない。私が何度も電話した、「申し訳ありません」の人だった。
 私は控え室に戻り、女性に頭を下げた。
「返却に来てくださり、ありがとうございました。それと……ご冥福をお祈りします」
 私がそう言うと、女性は少し目元を潤めた。そうか、あの人亡くなってしまったのかと思うと、私も目頭が熱くなった。
「先週お電話差し上げたときに、異変に気づけたら……」
「え……?」
 女性は怪訝そうな顔をして私を見た。私は何か可笑しなことを言ってしまったかもしれないと思い、必死でフォローする。
「い、いえ、先週、延滞のお電話を差し上げたときに……。何度も謝っていらっしゃって。今、立て込んでいると言っていたので、どうしたのかなあとは思っていたのですが……」
 女性は顔をしかめて、それからとても言いづらそうに、こう言った。
「息子は……ケータイを持ったまま、川に飛び込んだんです。一ヶ月前に」
 私は女性が何を言っているのか、一瞬理解できなかった。
 
 私は何度も壊れたケータイに電話をかけていたのだろうか。
 「申し訳ありません」という声が耳から離れない。


レンタルマギカじゃないよ。ホラーなんだろうか。
posted by しょこ at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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