2009年03月29日

手すり

 高齢化社会が深刻化してきた。4人に1人がお年寄りになると、年金が大変しか考えてこなかった私たちは、別な理由にぞっとし始めた。高齢者の意見の強さだ。
 バリアフリーという言葉が叫ばれ始めて早10年以上が経つ。ついに、全場所への手すりの設置が義務付けられた。歩道に手すりがないなんて危ない、ということらしい。私の職場も例外ではなかった。仕事場なのだから、高齢者がいないのは当たり前だというのに、義務だといわれていろんなところに手すりをつけられた。棚の前、扉の近く。遂には細い廊下にまで。私たちは手すりに苦労しながら暮らすことになった。
 誰もが苦痛を抱えている法案だというのにもかかわらず、マスコミは良い点しか放送しなかった。当たり前だ。少しでも私たち若者に都合のいい報道が出ると、テレビの前に終始はりついているおじいちゃまおばあちゃまたちはテレビ局に一斉に苦情を言うのだ。その数が何百何千万となれば、恐ろしくなってテレビ局も報道に慎重になる。
 ついには勝手に手すりをはずしたとして、若者が捕まった。よくやったと称えてあげたい自分がいて、私ははあと溜息をついた。
「不満かい?」
 上司が私に笑いながら尋ねる。私はすました表情で「めっそうもありません」と答えた。
「若者たちは積極的に結婚して、たくさんの子どもを生んでいるらしい」
「老人たちに対抗するために、ですか?」
「そう。政府は子どもが生まれるたびに大金を寄付してくれるしね。おじいちゃんおばあちゃんも子どもが大好きだ。おこずかいだってあげる」
 はあと私は溜息をつく。仕事一筋に生きる女としては、その手の話題はご遠慮願いたい。
「どうだい? そろそろ結婚という道もあるんじゃないか?」
「いやですよ」私はにっこりと笑ってみせた。「私がおばあちゃんになったとき、いい思いできないじゃないですか」
 全くだ、と言って笑った。手すりに体を委ねながら。
posted by しょこ at 20:01| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック