2011年05月20日

マイク

「あー、それでなんだっけ? 前にも言ったよね、そんなこと」
 彼女の声がアンプから聞こえてくる。1日に数時間、彼女と話をするのが今でも日課になっていた。そうして彼女は1日に1回、その事実を忘れるなとでも言うように、笑いながら言う。
「あたしが、死ぬ前に」

 彼女とはバンド仲間だった。彼女がボーカル、俺はギターで、計5人のバンド編成。基本的に仲良くはやれていたと思う。俺があんまりみんなのプライベートに、口出ししないようにしてたから知らなかっただけなのだけれど。
 まぁ言ってしまえば、男女比率が良くなかったのだろう。彼女以外はみんな男だった。俺はそのことをなんとも思ったことはなかったけれど、みんなはそうじゃなかった。それだけの話だった。
 
 彼女の声は美しかった。天使の声とか言う人もいたけど、俺は悪魔の声だと思ってる。もしくは堕天使。それくらい、美しすぎて気持ちが悪いくらいに、美しかった。恐ろしい声だと、思った。
 俺たちのバンドは彼女が居たから成り立っていたに過ぎない。ファンの人たちもみんな彼女目当てで来ていたし、彼女だけならもっと早くプロの世界に行けたのだと思う。俺たちは彼女の力に支えられていた。いや……
 俺以外のメンバーはみんな、彼女の虜だったのだ。
 
「まぁ、仕方ない。あたしが悪いわよね。君以外のみんなと、そりゃあもう公平に1回ずつ付き合ったら。刺し殺されても仕方ないっていうか」
 バンドの練習が険悪になって。その日に彼女はマイクの前で歌いながら死んだ。犯人はベースの男で、彼女の唄や声に、一番釘付けになっていた奴だ。歌っている姿のまま、一番輝いている姿のまま、彼女は止まって、終わった。
 彼女の愛用のマイクは血まみれになって、普通にはもう使えない。彼女と付き合った連中がそれを引き取るのもあれで、仕方ないから俺が引き取った。
 その日から家で若干の怪奇現象が起こって……、いや、起こった気がして。ああでも、もうこうなってしまった以上認めるしかないか……。彼女が、起こしたのだと思う。コップが割れたのも、ギターケースの鍵が突然開いたのも。マイクの鳴るようなキーンという音が、頭に響いて消えなくなったのも。
 気持ち悪くなって、俺は家のミキサーに繋いで、そのマイクの故障具合を確かめてみた。次に引き取る人には申し訳ないけど、「使える」と言って売り払ってしまいたかったのだ。
 そうしたらまぁ。
 喋ったんだけど。
 
「いやもう、ほんと邪魔なんで、なんとかなりませんかね」
「酷いなぁ。こんなに若くて可愛い子と同棲してるっていうのに」
「同棲じゃねぇよ。声だけだし」
「まだ、歌えるもの」彼女はそう言って笑うように言った。「まだ歌えるもの。そうしたら、生きてるのも死んでるのも変わらないじゃない?」
 彼女はそう言って、毎日俺に向かって一曲歌う。魅せるようなその声は、生前から変わらない。息をするその音まで、全て、そのまま。
 きっと、この声がみんなを狂わせたんだ。
 狂気に落ちる歌。人の心をもてあそぶような、悪い魔法のような歌。

 こういう状況になってから一度だけ彼女の声を録音してみたことがある。そこには、美しすぎるあの声が綺麗に残っていた。生きていたころよりもずっと、艶を増して。俺はその事実を彼女に伝えずにいる。ばれてしまったら、彼女の欲望は抑えきれないままに溢れだしてしまうだろうから。
 こんな声を、もう誰にも聞かせるわけにはいかない。
 
 彼女を閉じ込めて、毎日少しだけ会話をして。
 
 心のどこかでずっと求めていた彼女を、俺は手に入れてしまったのかもしれない。



お題「マイク」で書きました。
地震後、超病んでて、
「私こんな狂ったような作品ばっかり書いてていいんだろうか」と
何十回も何百回も悩んだ挙句、
「あー、私こういうの書いて行くしかないんだなぁ」と思わされた短編です。
posted by しょこ at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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