2013年02月15日

幸せを噛みしめながら、絶望に平伏せ

 2月14日。その日、俺の元に一つの小包が届いた。
 届いたとは言っても、実際に宅配業者に委託したわけではないらしい。宅配便の伝票に、宛先と名前だけ書いて、自分で持ってきて玄関に置いたようだ。
 差出人は、俺の幼馴染になっていた。

 幼馴染は何人かいるが、この包みを送ってきた少女は、その中の一人だった。彼女はうちの近くに住んでいる子で、幼いころはよく一緒に遊んだし、登下校を共にすることもあった。すごく引っ込み思案で、周りに苛められることも多くて、俺が守ってやらなきゃとどこかで思っていた。けれど、それも年と共に治まって、段々しっかりしてきて、友達もたくさん増えて……、年を重ねるうちに少しずつ疎遠になっていった。時々メールくらいはするくらいで、ついには学校も違くなった。別々の学校に通うようになって、きっと彼氏とかも出来たりするんだろうなと、なんとなく思っていた、
 2月14日、この日が何の日か、俺だって知っている。チョコレート業界は正月が終わった途端にチョコレートのCMを始め、1カ月以上に渡って、俺たち男を苦しめ続ける。もしかしたら貰えるかもしれない……そんな期待をしてしまう馬鹿な自分を、そんなわけあるはずない何度も戒めて、それでもどこかで期待している。それでいて結局当日になってみると、クラス中にチョコをばらまいている女の子からいくつか義理チョコを貰って、あと家族から貰って……それくらいで終わってしまう。
 けれど……目の前には包みがある。これは、もしかして。
 もしかして。

 急いで玄関の扉を開け、靴を乱暴に脱ぎ、手洗いもせずに自分の部屋へと転がり込む。乱暴に段ボールのガムテープをはがし、中のプレゼントに手を伸ばし……。
「……なんだ、これ」
 段ボールの中に一回り小さな段ボールが入っている。どれだけ厳重に梱包してるんだ……と思ったが、どうやらそういうことではないらしい。俺の名前が書かれた、封筒が入っている。
 胸が、高鳴る。これはもしかして、ラブレターと言うやつなのだろうか……? い、いや、あいつのことだから……「本命かと思った? 残念義理チョコでした!」と言い出しかねない。でも、それだったら手渡しでいいし、わざわざ荷物を置いていくんだからやっぱり……。
 震える手で、その手紙を開く。青い、パステルカラーのハートが描かれた、シンプルだけど可愛い便箋。

『突然、こんな荷物送って、ごめんなさい。
 今までバレンタインチョコなんて、作ったことなかったんだけど……どうしても伝えたいことがあって、手紙を書いています。』

 ごくりと、喉が鳴る。続く文章を、目で追いかける。

『ずっと、ずっと、小さなころから、私を守ってくれる貴方のことが好きでした。
 こうやって疎遠になってしまって、すごく寂しくて……、何度かメールも送ったけど、私、あんまりメールで話盛り上げるのとか得意じゃなくて、すぐ終わっちゃったね。ごめんね。
 このまま離れてしまうんじゃないか、もしかしたら好きな子とか彼女とか出来ちゃって……、それで終わったら辛過ぎると思って、想いを伝えることにしました。』

 「好き」……その言葉に、俺の胸は高鳴る。単純だってわかってる。今までただの幼馴染だと思っていたのに、こんなふうに言われた瞬間に意識してしまうなんて。
 今まで、彼女と交わした会話を思い出す。気持ちを伝えられてから思い出すと、そのいくつかが「ああいう意味だったんだ」とわかって……なんだか一つ一つの言葉が、すごく愛しくなる。

『お菓子作りなんてあんまりしたことなくて……美味しいかどうかわからないんだけど、私の気持ちに応えるつもりがある時だけ、この箱を開けてください。
 だめだったら、どうか、絶対に開けないで、この箱を捨ててください。もしくは……連絡くれれば、引き取りに行くので。
 面倒くさいこと、言ってごめんね。
 もう一度、言います。
 貴方のことが好きです。私と、付き合ってください。』

 彼女と……付き合う。恋人同士になる。
 どういうことか、わかってるつもりだ。お互いのことをもっと知って……今までの関係では居られなくなる。
 もしかしたら、うまくは行かないかもしれない。そうなったら、今以上に疎遠になって……もう会うこともなくなるかもしれない。
 それでも俺は、彼女の気持ちに応えたいと思う。
 幼馴染だけど、最近の話題は全然わからなくて、彼女が何を好きか、はまっているものも今はほとんど知らないけれど、これからもっと知っていきたい。彼女を、大事にしたいって、心からそう思う。
 この包みを開けて、そうしたら彼女に電話をしよう。多分、家で待っていてくれるかな。それから、彼女を迎えに行って……ちゃんと伝えよう。
 よろしくお願いしますって。
 俺も好きだったとか、言っちゃうのはさすがに勝手かな。だけど、これから、もっと好きになっていけばいい。
 俺はそう思いながら、段ボールをゆっくりと……、
 幸せを、噛みしめるように、開けていく。



 ピッ



 小さな、電子音がした。それと共に、外から、鼓膜が破れるかもと思うくらい。大きな音が聞こえてきた。
 窓が、震える。
 何が、あったのかわからない。あまりの音に、耳鳴りが止まない。小さな地震が起きたみたいに、家が揺れている。
 爆発音の、ような……、い、いや、そんな、まさか。
 俺が、箱を、開けた、瞬間に?
 外が騒がしい。悲鳴が聞こえる。サイレンも、遠くから聞こえる気がする。
 今すぐにでも外に飛び出して、事態を確認したい。したいとは思うのに……。
 箱の中が気になる。
 可愛らしくラッピングされた箱の横に。
 不釣り合いな小型の機械が、置かれていた。
 さっきと同じように、手紙が入っている。文字は、彼女のものとは違って……。
 差出人は、俺の幼馴染で……、この手紙を送ってきた彼女の親友だった。白い、無地の便箋に、びっしりと文字が綴られていた。

『お久しぶりです。
 さて、まずはおめでとうございます。この手紙に辿りついたということは、彼女の想いに応えたと言うことですね。めでたく両想い、恋人同士になれたのだと思います。
 貴方は彼女になんていうか、いろいろ考えたのでしょう。デートでどこに行くか、何を話すか、いろいろ妄想なさったと思います。すごく楽しいですよね。気持ちはよくわかります。私も、良くするので。
 さて、私の幼馴染で親友の……この荷物の差出人である彼女から、貴方のことが好きだと打ち明けられたのは、4カ月前のことでした。本当は、クリスマスに誘いたかったようなのですが、クリスマスイブにうちの学校では冬季講習があり、そのあとクラスのみんなでパーティをしようという誘いに乗って、諦めてしまったようです。
 私に想いを打ち明けた後の彼女は、本当に滑稽でした。貴方は知らないでしょうが、彼女は酷く優柔不断で、一人では何も決められません。人見知りだって治っていなくて、クラスの友人とはうまくやるけれど、大事なことは何も言えません。だから、彼女は私のことを、自分の唯一の理解者だと思っていたのでしょう。
 そんな彼女だから、今まで誰にも気持ちを言えないで来たので、堰を切ったように私に思いの丈をぶちまけました。メールでどんなことを言ったとか、貴方はどんなふうに返してくれたとか、嬉しかったことも悲しかったことも全部。
 私が貴方のことを好きだと言う、私の気持ちも知らないで。
 この箱を開けた今になっては今更になりますが、私も貴方のことが好きです。幼い時からずっと、好きでした。けれど私は、打ち明けること、学生の身分でありながら恋愛をすることを良く思っていなかったので、別にこのままでいいと思っていました。貴方が誰と付き合ってもいい。いつか全てに責任を取れる年になってから、想いを伝えればいいと、私はそう思っていました。
 けれど、彼女が貴方を好きだと言うのなら話は別です。いえ、別に勝手に一人で行動して、告白して、付き合うことになったと言うのなら認めましょう。けれど、こんなふうに自分の気持ちを軽くするためだけと言う理由で、私にくっつき、相談という名目で貴方の話をするのなら、私は許しません。
 そう、許せませんでした。彼女を。
 クリスマスが終わったころでしょうか。私は、そんなに悩むのなら、バレンタインに告白すればいいと言いました。彼女は相変わらず優柔不断でしたが、結局はそれに決めました。何を作るか、なんて言ったらいいかまで、全て私に相談してきました。目の前にあるそのお菓子も、私が何度も練習に付き合って作ったものです。
 彼女がお菓子作りを勉強し始めたころに、私は爆弾を作り始めました。』

 爆弾。
 その言葉に、俺の思考が停止する。手が、震える。
「あ……、あ、……あ、ああ……」
 声にならない声が喉から漏れる。歯が、ガチガチと鳴る。

『もちろん、知識は浅いですから、全てを自分で作ったわけではありません。お金を払って、一部のパーツはいろいろな方に作っていただきました。私が調整したのは、火薬の量くらいです。部活の研究用で使うので、火薬はほとんど入れないのだと、皆さんには説明しました。協力してくださった皆さんも、実際作っているのは本来の爆弾のパーツのほんの一部で、まさかこんなことに使われるとは思わなかったことでしょう。
 そのプレゼントの横に入っているそれは、周辺光量が一定値以上に達したときに……つまり貴方がその箱を開けた瞬間に作動して、遠隔操作で爆弾を爆発させる仕組みになっていました。
 ここまで言えばもう全てわかりますね。どこが爆発したのか。貴方が箱を開けた瞬間に、事態がどう変化したのか。
 さて、けれど目の前にあるプレゼントは、紛れもなく彼女が作ったものです。包装紙まで、一緒に買いに行かされました。手紙で想いを伝えて、箱を2重にしたらどうかと提案したのは私です。彼女はすごく嬉しそうに笑って、それから貴方に手紙を書きました。私が何を思っているかには結局彼女を縛って監禁するその瞬間まで、気付かないことでしょう。
 さて、もう一度言いましょう。貴方たちは、紛れもなく両想いです。気持ちは通じ合いました。目の前にあるお菓子は、どんな味がするんでしょう? 今度会えた時、是非教えてくださいね。
 彼女も、亡くなる間際、幸せだったと思います。だって、失恋の苦しみを味合わなくて済んだのだから。ずっとずっと悩んでいたその願いが叶ったのだから、きっと涙が出るほど嬉しかったと思います。何年にも渡って悩み、苦しみ、4カ月間私に相談し続けた願いが叶ったのですから。
 生き残る術があるとしたら、そういうこと。貴方が気持ちを受け入れてくれなかったら、彼女は死ななかった。けれど彼女はそれはそれで、辛かったことでしょう。
 貴方にも受け入れてもらえなくて。
 親友だと思っていた人間に裏切られて、監禁されて、爆弾まで仕掛けられたんですから。
 きっと、生きているのも辛かっただろうと、勝手ながらに、思います。
 最後に、貴方と彼女に、私から、この一言を送ります。』

 最後の、一言……。
 震える手で握りしめた手紙を見つめながら……俺はそっと、窓の外を見た。
 2階にある俺の部屋を、見上げている少女が居た。

 口元が、そっと動く。
 声は聞こえないけれど、
 手紙に書いてある最後の言葉と、一致する。

「幸せを噛みしめながら、絶望に平伏せ」

*
バレンタインSS遅くなりましたが書きました〜。
チョコに何か入れるのは古典的なのかあんまり思いつかなくて、
「でも、リア充爆発させたい!」と思ってたので、爆発させました。
posted by しょこ at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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