2013年09月06日

夏の終わり

 私の夏は、たった3日だけ。
 お兄ちゃんに会える、2泊3日の、たった3日だけ。

 毎年お盆になると私も含めて親戚全員が、お爺ちゃん家に集まる。お爺ちゃんの家は田舎にあって、とっても広いから、20人くらいは平気で泊まることが出来る。私も毎年お盆とお正月は、お爺ちゃんのところで過ごしていた。
 お兄ちゃんと言うのは、私のお母さんのお兄さんの息子さん……つまり、私の従兄に当たる。お兄ちゃんは私より2つ上で、今年で高校を卒業する。進路はまだ聞いていないけど、もし遠くの大学に行ってしまうのだとしたら、もう会えなくなってしまうのかもしれない。
「おう、背、伸びたな」
 お兄ちゃんは毎年、変わらない。この年になっても、お兄ちゃんは子供の時と同じように私に接してくれる。
「可愛くなったじゃんか」
「……そんなことないよ」
 言いながらも、私の胸は大きく高鳴る。
 可愛く、なったって。本当に、そう思ってくれてる……のかな。

 いつからかはわからない。私はずっと、お兄ちゃんのことが好きだった。小さなころから……お兄ちゃんのお嫁さんになりたかった。いとこ同士は結婚できるとは知っていたけれど、なんとなく、いけないことのような気がしていた。だからなんとなく恥ずかしくて、私はお兄ちゃんに甘えることもできないまま、毎年夏を終えていた。
 私たちは冬もお爺ちゃんのところに行くけれど、叔父さんはお正月はお仕事が忙しいらしく、お兄ちゃんに会えるのは年に1回だけだった。だから私は毎年後悔を繰り返しながら、夏を終えていた。
 同年代の親戚は私の他にもたくさんいた。そのうち一人が、私が「お姉ちゃん」と呼んでいる人。お姉ちゃんは、お母さんの従兄の娘さんなので、私のはとこに当たる。お姉ちゃんは私と違ってすごく積極的で、明るい人だ。私の1つ上なのに、いつでも大人びているように見える。夏と、冬。年に2回会うたびに、どんどん私の先を行っている気がした。
 その、お姉ちゃんは……すごく甘え上手だった。お兄ちゃんとも仲が良くて、冗談でお兄ちゃんに「好き」と言うこともたくさんあった。人前で、かっこいいとか優しいとか、お兄ちゃんのことをたくさん褒めてた。私はなんだかそれがすごくはしたないことな気がして、いつも下を向いてしまう。もっと、お兄ちゃんに何も言えなくなっていた。
 「好きな人、いないの?」と友達に尋ねられる度、私は「いないよ」と返していた。だけれどその度に、心の中ではお兄ちゃんのことを思い出していた。メールアドレスくらい、聞いておけば良かったかななんて何度も思ったけれど、きっと何も話せないと思う。

 お姉ちゃんは今年も相変わらずだった。元気だし、今年も綺麗になって、みんなに褒められてた。少しだけ、お化粧もしているみたい。流行のマスコットにも詳しくて、親戚の子供たちみんなにも好かれていた。
「お兄ちゃんっ、ちょっと二人で抜け出そうよ〜」
 けらけらと笑いながら、お姉ちゃんはお兄ちゃんに言う。お兄ちゃんは笑いながら「あとでな」と返した。どこまで本気なのかわからないけれど、私はすぐにでもその場所から逃げ出したくなった。だけどそうしたらお兄ちゃんがいる場所にすら居られなくなっちゃうから、私はただ、黙ってそこにいる。

 お盆の真ん中の日、近くの神社でお祭りが開かれる。私たちは毎年浴衣を着てそこに行く。2日目の夜まで、あっという間に終わってしまった。お兄ちゃんは大学に進もうとはしているけれど、成績はあまり良くないらしいと親戚の人たちと笑いながら話していた。留年するかもしれないし、志望校を変えるかもしれないし、まだわからないそうだ。「大学に行っても毎年帰ってくる?」とはさすがに聞けなかった。
 お姉ちゃんは女の子たちみんなの髪を結えていた。髪型アレンジの本を買ったらしくて、みんな可愛くしてもらっていた。
「おいで、結んだげるから」
「えっと、私はいいよ。自分でできるし」
 お姉ちゃんの誘いを断って、自分で髪を結える。ただ一つに結んで、花のコサージュを付けただけだけ。お姉ちゃんは編み込みとかもしていて、浴衣も新調したのかとても可愛かった。
 屋台が並んだ道を、親戚の子供たちみんなで歩く。あれがいい、これがいいと、子供たちはみんな楽しそうにしていた。お姉ちゃんもお兄ちゃんも、子供たちの喧嘩を仲介するのに、忙しそうにしていた。私はこっそり、お兄ちゃんのほうに近付く。
 お兄ちゃんがかき氷を買っていたので、私もそれに続く。そっと、お兄ちゃんの隣に座った。
「お、また今年もいちごか」
「お兄ちゃんは……ブルーハワイ?」
 子供の時は……お兄ちゃんはメロン味ばかり食べていたような気がする。
「ブルーハワイって、食べたことない。どんな味がするの?」
「普通だよ? 食べてみるか?」
「えっと……うん」
 お兄ちゃんからストローのスプーンを借りる。お兄ちゃんの使っていたスプーンだと思うと、少しだけ手が震えた。
 青いかき氷。一口食べてみると、思っていた感じとは違う、少しだけ爽やかな甘さが口に広がる。
「……どうだ?」
「……普通だった。思ってたのと違った」
「はは、そうか。まあ、そんなもんだよ」
 お兄ちゃんはそれだけ言うと、またかき氷を食べ始める。私のもどうぞと言おうかと思ったけど、ただのいちごのかき氷をあげるのもどうかと思い、口を噤む。
「お兄ちゃん、大学、行くの?」
 勇気を出して尋ねてみる。お兄ちゃんは少し答えにくそうに苦笑する。
「俺? まあ、希望はしてるけど、行けるかはわかんないな」
「お兄ちゃんなら、大丈夫だよ」
 勝手なことを脈絡もなく言ってしまって、少し後悔する。大丈夫なんて、簡単に言っていい一言じゃなかった。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、いいよ。ありがとな」
 ぽんと、お兄ちゃんは私の頭に大きな手を置く。大人になった、お兄ちゃんの大きな手。
 お兄ちゃんは手を引き、かき氷に戻る。私は嬉しくなって、しばらくシロップをかき回し続けていた。来なきゃ良かったとも思ったけど、お祭り、来て良かった。初めてお兄ちゃんと二人だけで、ちゃんと会話出来た気がした。
 家での家事も終わったのか、親戚の叔父さん叔母さんたちも、続々とお祭りにやってくる。子供たちはお父さんとお母さんに引き取られていく。親戚みんなで花火を見て、それから家に戻ることになった。
 楽しかった。夏の、終わりの匂い。たくさんの人の足音、下駄の音。花火が終わって、屋台の片付けが始まって。たくさん汗を吸った浴衣は少し気持ち悪かったけど、もう少しだけこのまま、この場所にいたかった。お兄ちゃんと話せたこの格好で、もう少しだけ歩いてたかった。
 親戚みんなでの帰り道。私の隣にはお母さん、少し後ろで、誰かと話しながらお兄ちゃんが歩いていた。できたらもう一度会話をしたいなんて思いながら、話しかけてくるお母さんに、適当に相槌を打つ。
 さっきのことを思い出す。お兄ちゃんと話せたこと、かき氷を一口くれたこと。私の頭に、手を置いてくれたこと。優しいお兄ちゃんの声も、全てが私の宝物になりそうだった。胸の高鳴りはどんどん大きくなって、消えない。ただの憧れだったかもしれない私の想いが、どんどん膨れ上がっていく。
「……あれ……」
 さっきまで聞こえていたはずの足音が、一つ減っていた。振り向くと後ろに居たのは叔父さんたちだけで、そこにお兄ちゃんの姿はなかった。
「どうしたのよ」
 お母さんに、『お兄ちゃんがいない』とは、なんとなく恥ずかしくて言えなかった。私は「なんでもない」と小さな声で言う。
「私、ちょっと飲み物買ってくる。すぐ戻るから、行ってて」
「飲み物なんて家に……」
「すぐっ、すぐだから、そこまでだからっ」
 そう言って、私はお母さんの制止も聞かずに、さっき来た道を引き返した。
 お兄ちゃんは誰もいない道に立っていた。街灯の下、お兄ちゃんの大きな影が見えた。
「おにいちゃ……」
 小さく口に出して、それから息を飲む。そこに居たのは、お兄ちゃん一人じゃなかった。
 影が、重なっていた。お兄ちゃんの胸の中に、浴衣を着た女性が居た。今年、新しいのを買ったばかりの、可愛い浴衣。襟足まで綺麗に整えられた、可愛い髪型。
 お姉ちゃん。
 お姉ちゃんはお兄ちゃんにキスをして貰って、それからすごく幸せそうな、女の子らしい可愛い表情をお兄ちゃんに向けて、お兄ちゃんもそれがすごく可愛くて愛おしいって言うみたいに笑って、もう一度お姉ちゃんを抱きしめて。
 私は、その場所から静かに逃げ出す。
 私の夏は、そうして終わった。

 夏休みも終わり、私は普通の生活に戻った。女子高生。帰りに友達と寄り道をして、ファストフード店でドリンクだけを買う。だらだらといろんな話をして、自然と、恋愛の話になる。
「ねえ、そろそろ好きな人出来た?」
 一人が、私に尋ねる。「いないよ」と答えるつもりだった。いつもみたいに、興味ないふりをして。
 だけど……。
「あのね、好きな人、本当は居たんだ」
 私の暗い声とは裏腹に友達は大喜びをする。きゃあ、なんで黙ってたの……と、黄色い声を上げる。
「ずっと、小さい頃から、ずっと、好きだった人が居たの。だけど、だけどね、だめだった、だめだったんだ」
 どうして。
 邪魔だった。お姉ちゃんが、ずっと。
 私の言いたいことを、私のしたいことを、平然と出来るお姉ちゃんが。お姉ちゃんがいるせいで、私は何も出来なかった。
 お姉ちゃんが居るせいで、私は周りの目を気にして、何もできなかった。なのにお姉ちゃんは私の気持ちにすら気付かないで、幸せになって。
 ううん、違う。
 お姉ちゃんが出来たことを、私も出来たとして、だからと言って本当は何が変わったわけでもない。
 私はずっと、言い訳をしていただけ。踏み出せない自分に苛立っていたのを、お姉ちゃんのせいにしていただけ。お姉ちゃんのように上手くできないのも、全部自分のせいなのに。
 2泊3日しかないから、今年は話せるだけでいいとか、そんな自分に満足して。本当に前に進もうとはしなかった。恋をしている自分に酔いしれて、だけどそうして。
 本当に好きだったお兄ちゃんに、何も言えなかった。 
 私の頭に触ってくれたあの手は、もう手に入らない。
「好きだった……のに……」
 人前だと言うことはわかっているのに、止めようとしているのに、涙が止まらなかった。

 次の春、お兄ちゃんは無事大学に受かったようだった。一人暮らしをすることになったらしい。
 お兄ちゃんは次の夏、あの場所には来なかった。それからお姉ちゃんも。大学進学に向けて、毎日勉強をしているらしいと聞いた。
 私も、もう、来なくていいのかもしれない。出来るなら、もう来たくない。
 
 私の夏はもう来ない。
 2泊3日の、たった3日だけの、私の短い短い、夏。
posted by しょこ at 23:09| Comment(2) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こちらでははじめまして!
“夏の終わり”読ませていただきました。読み終わった自分の一言「もっとこの子に勇気があれば!」と思いました。
夏の終わり、そして恋も....(ToT)

次回も楽しみにしながら、他の作も読ませていただきます(o゚▽゚)o
Posted by サイふぁ〜 at 2013年09月06日 23:41
>サイふぁ〜さん
コメント&お読みくださりありがとうございます!
ほんとそうですよね(>_<)でもよく考えたらまだ若いので頑張ってほしいですね!高校生とか!

またいろいろ書きたいと思ってるので、よろしくお願いします(*´▽`*)少しでも楽しんでいただければ幸いです!
Posted by しょこ at 2013年09月07日 19:38
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