2013年10月28日

終わる楽園(前篇)

 向き合わなきゃいけないと、誰かが言う。
 目を逸らすことには慣れていたはずなのに、目を瞑ればあの時の罵声が聞こえて、その中心に諦めた表情で笑う僕がいる。

 あれから二年が経つんだと、友人からの報せで知った。
 僕らの楽園が崩壊してから、二年。ここの主であったはずのみちるが屋敷を出て行ってから、もう二年が経つのか。二年。二年も……経ってしまった。僕がここに来てからは、四年くらいか。
 この場所にも終わりが近付いている。僕はそれを、ずっとなんとなく、予感していた。

(翠の海、みちるルート(16・翼広げて)終了後の、優希君中心のお話です。大変重大なネタバレ等ありますので、お気を付けてお読みください。
 また、翠の海発売から二年経っておりますので、「もう覚えてないぜ!」って方はそんなに時間も掛からないので是非再プレイをお願いします!(宣伝))








 翠の海の、楽園。またの名を、牢獄。
 ここは大きな洋館で、広い森の中に、ぽつんと建っている。僕たちは決して出られないこの場所に入れられて、共同生活を送ってきた。何もかも忘れたふりをして、この場所の仕組みにも外の世界からも目を逸らして。 けれど二年と……少し前。一人の少年、櫂がこの場所に来て、この場所から出て行った。彼はこの場所に疑問を呈して、自分の問題を解決して、この場所を楽園にした少女、みちるを、外の世界へと連れて行ってしまった。
 二人は外に出てからもこの場所と連絡を取り、この場所に住んでいた子たちを、一人ずつ外に出られるように活動を進めて行った。外に出た他の子もそれに協力して、一人、一人と、この場所から人が減って行った。
 今いるのは、僕と、紡という外見だけ小さな少女。その二人だけになった。紡とは付き合いは長いけど話は全く合わないから、必要な時以外、会話もない。紡はいつでも寂しそうにして、ぼうっとしていることが多くなった。最大十二人もいた広い屋敷に、二人だけと言うのはあまりにも寂しすぎた。
 その紡の姿を見るたびに、終わらせなきゃいけないと思う。思うのに。
 ずっとこの場所に居たいとも思う、自分がいる。

「部屋が広すぎて困ってるんですよ。掃除が追い付かなくて」
「あー、それは大変そうですよね……。ここ、部屋数が多いですし、廊下も長いですし」
「そういうわけで、あさきさんが夜に掃除してくれると助かるんだけど」
「いやです」
 僕が会話をする人はもう一人いる。時々この場所に来てくれる女性、あさきさん。あさきさんは櫂とみちるがこの場所を出て行ってから担当になった女性で、必要な物資をこの場所まで運んでくれている。
 以前は新人だったからか、僕の言うことにあまりにも従順で、悪意の籠った悪戯にまんまと嵌ってくれてすごく楽しかった。けれど段々と慣れてきて、今では余裕を持って僕に接してくる。
「んー、じゃああれ、あれ買いますか? お掃除ロボット」
「……なにそれ」
「そう言うのがあるんですよ。最近。円盤状で、ゴミとか察知すると走って行ってくれて、最終的に充電位置に戻って」
「なにそれ……、すごい」
 僕が外から離れている間に、機械製品もかなり進化しているらしい。紡は冷蔵庫の製氷機だけでかなりはしゃいでいたし、そんなのが来たらすごく喜ぶだろう。
「高そうだけど、大丈夫? できたらお願いしたいんだけど」
「んー……そんなに高くはないですよ。一応、聞いてみます。予算、通るかどうかわからないですけど」
 予算。あさきさんは最近よく、その言葉を口にする。二人しかいない場所だ。もう、お金だってあまり使えないのだろう。あさきさんだって、僕たちをこの場所に入れた『会社』だって、商売でやっているはず。今は赤字のはずだ。
 誰が来ても、櫂たちが情報を集めて、外に出られるように交渉してくれるせいか、いつからか新しい子すら来なくなった。迷惑な、捨て物件のはずだ。残された僕たちはそろそろ、向き合って外に出るのか、それともこの場所以外にあるという別の施設に選ぶか、選ばないといけない。
 向き合う。向き合う、なんて。
 考えるだけで、心臓が痛くなる。
「優希さん、大丈夫ですか? 苦しそう、ですけど……」
「ん、ああ……。大丈夫。ちょっと、いろいろ考え事してて」
 この屋敷は、いろいろなものを縛り付けてる。外に出て行ったみんなだって、僕と紡がここに居て楽園が存続している限り、きっとまだ、囚われている。そして、僕たちだけじゃない。あさきさんも。
「食事とか、別に一週間分まとめてとかでも大丈夫ですよ。缶詰とか、保存食少しあれば、二人でなら、生きてけますし」
「そうかもしれないですけど……、来なくていいって言われても、他にすることもないですし……。なので、来ます。なるべく……」
 あさきさんはそう言って、小さく笑った。同情にも憐れみににも取れるようで、その両方とも違うような、小さな笑みだった。

 朝、目を覚ますと、僕は二人分の朝食を作る。小さな眠り姫様は、もうしばらくは起きてこないだろう。紡は料理が出来ないから、いつの間にか僕の担当になった。とは言っても、そんなに手の込んだものは作れない。卵を焼いて、ほうれん草を炒めて、ベーコンを焼いて、それくらい。一人で食事を取って、紡の分はしまっておく。
 それが終わると、自分の服だけを洗濯して、少しだけ掃除をする。キッチンやリビング、良く使うところだけを箒で掃く。あとは自分の部屋を掃除して、ゴミをまとめて、おしまい。晴れている日は屋敷中の窓を開けて、換気をする。緑の澄んだ空気が、屋敷中に広がる。
 図書室で本を借りてきて、自分の部屋で勉強する。毎日続けていることだし、外に出たときに困らないとは、思う。この頃、紡がやっと部屋から起きて、廊下に小さな足跡が響く。食堂で、もそもそと僕が作った朝食を食べているのだろう。
 紡が朝食を食べ終わった頃に、僕は簡単な昼食を作って食べる。昼食が終わると、僕は音楽室で一人、チェロを弾く。暇だと他の楽器も触るけど、教えてくれる人もいないし、結局長くは続かない。その間、紡は外を散歩しているか、部屋に籠って裁縫をしている。自分の服か、もう誰も着ることのない、誰かが来た時用の服を作っている。
 時々、僕が演奏しているのを聞きに来る。声を出さないで、黙って。その間ずっと、寂しそうな表情で、二年前までみちるがよく居た場所を見つめている。
 暗くなる前に洗濯物を取り込んで、のんびり一人で紅茶を飲んで、気が向くと紡の分も淹れてやる。終わったら夕食を作って、静かに二人だけで食べる。会話は、ほとんどない。
 そうやって、僕の一日は終わる。何もなくても、簡単に終わる。ここを出て行ったみんなは、働いたり勉強したり、それぞれの人生を歩いて行っているのに。僕と紡だけは、この場所に留まっている。
「紡」
 リビングでくつろいでいた紡に、僕は声を掛ける。
「どうしたの? おやつでも作った?」
「それは、今度」
「むぅ」
 紡は拗ねたような顔をして、僕に背を向ける。話すことなどないとでも言うように。
「紡は、ここから出ること、考えたことある?」
 紡は僕に背を向けたままだった。無視してるのかとでもいうような沈黙が、少しの間流れる。
「ないよ」紡は小さくとも、はっきりした声で、言う。「ないよ。つむぎはずっと、ここにいるよ」
「この場所がなくなっても?」
「なくならないよ。つむぎがいるもん。それとも、優希がいなくなるの?」
「……僕は、どうなるかわからないけど。でもそれも、考えなきゃいけないと思ってる」
「そっか」
 紡はゴロンとソファに横たわり、天井を見上げる。広くなったソファ。前は座れる人すら限られるくらい、狭い場所だったのに。よく、知紗が居て、その傍に子供たちが居て、僕達はみんながいない時に時々座るだけだった。だけどもう、この場所には場所を取り合う仲間はいない。
 いつでも誰かの声がして、誰かが生きてる音がしてた。だからこその、楽園だったんだ。
 みんなが居なくなってしまった今、本当は歩き出さなきゃいけない。そうじゃなきゃ……いけない。きっと。
「つむぎはね、ずっとここにいるよ。優希が居なくなっても、ここにいるよ」
「そうじゃない。この場所が……終わってしまうかもしれない。物資が届かなくなる。そうなったら、ここには居られない。外に出るか、他の場所に移るか……」
「どこにも、行かないよ。誰も来なくなっても、建物は多分壊さないよね?」
「紡……」
 起き上がり、まっすぐに僕を見る。真剣で、どこか冷たい、紡の表情。
「わたしは、どこにも行かないよ。最後の最後まで、わたしはここに残る」
 それだけ言うと、紡はリビングを出ていった。廊下から、階段を昇っていく音だけが響いてきた。



シナリオ担当させて頂いた「翠の海」が発売から早くも2年経ちました。
そろそろずっと書きたかったお話を、そろそろ書きたいなあと思い、
書き始めたところ、思いの外長くなりそうだったので、
前篇・後篇とさせて頂きました(/_;)
続きも近日中にアップしますので、よろしくお願いします!

Cabbitデビュー作「翠の海」応援中!
posted by しょこ at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | SS・2次創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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