2013年12月21日

小さな昔話

 私が死んだのはいつだったか、私が死んでからどれくらいの月日が経ったのか。いつからかそれを考えることすらやめてしまった。世界は簡単に移り変わって、環境も世界の情勢も何もかもが早いペースで変わっていく。文明は進化し、便利になり、法は整備され、人々の生活はどんどん豊かになる。私はただその移り変わりを、黙って眺めていた。
 黙って……というのは、少し語弊がある。時々、死んだ私の姿を見れる人間がいる。そういった人に会うと、関わってはいけないと思いつつも、やはり嬉しい。
「あなた、私が見えるのね? ……少し、話をしましょうか」
 人間の寿命は短い。私の姿形は少女の時のまま止まっているけれど、人間はすぐに成長していく。私はなるべく幼い……私が死んだのと同年代くらいの子に会うたびに話しかけて、少しだけ話をする。それ以上のことは望まない。ただの、おばあちゃんの暇つぶしのようなものだ。少しだけ話をして、少しだけその子の心に、何か残ればいいと思ってる。先生気取りか、はたまたおばあちゃんの知恵袋的発想なのか、それはわからないけれど。

(『キミへ贈る、ソラの花』、サブキャラクター由梨さんのSSです。
重大なネタバレが少しありますので、未プレイの方はお気をつけください)

「由梨は、どうして死んだの?」
 由梨と言うのは私の名だ。目の前にいる病弱な少女は、私にそう尋ねた。
「さあ……どうだったかしら。もうずっと前のことだから、忘れちゃったわ」
「……ふうん」
 言ってあげればよかったのか、わからない。彼女は病気でもう長くなく、そのせいもあって少し擦れている。どうせ死ぬんだと、どこか自暴自棄になっている子だった。今まで、基本的に私のことが見える子に会っても、良くて数回会うだけでそれ以後は会わないようにしていた。
 だけど彼女は私のことを「友達」と呼び、傍に置きたがった。私も……きっと寂しかったのだと思う。彼女の言葉に甘えて、傍に居てしまった。
「死んだ理由って、忘れられるもの?」
「人によるらしいわ。……人じゃないわね、幽霊によるだけど。生きてた頃の記憶を全く覚えてないとか、そういうのもあるらしいし」
「由梨は? それに当てはまるってこと?」
「いいえ? 一応覚えてはいるわよ。だけど、いい死に方ではなかったから」
「……えっと、そっか……。ごめん」
 私が今から何十年も前に死んだ人間だと言うのは、彼女にも話してはある。彼女は私が、戦争などで死んだと考えたようだった。
「……それが、心残りだから幽霊になったの?」
「それはわからないわ。心残りがすごくあっても、幽霊になるとは限らないもの」
「ごまかさないでよ。由梨はどうなのって聞いてるのに」
「……わからないわ。もう、忘れちゃったもの」
「忘れちゃったって……」
 少女は不服そうに唇を尖らせる。私が、誤魔化しているように感じたのだろう。
「……その時は、やっぱり、心残りだったんじゃないかしら。この年で、亡くなって。だけど今はどうでもいいことなの」
「どうでもいいって?」
 私は小さく、微笑む。もう身体なんて存在しないのに、少し、胸が苦しい。
「ずっと、移り変わりを見てきたから。もう、私と同じ理由で死ぬ子は、この国にはいないもの」
「……そっか」
 少女も、小さく微笑む。戦争は終わり、少なくともこの国は平和になった。きっとそういうことを思っているに違いない。

 私は幽霊でありながら、この世界に心残りなどなかった。あるとするならば、少しだけ。この国の行く末をもう少し見ていたいと言う、執念のようなものに近いのかもしれない。もしくは、よくお婆ちゃんが「私の小さい頃は大変だったのよ。今の子たちはいいわねえ」と言っている感覚にきっと近い。平和な世界が羨ましくて、少しだけ妬んでいて、だけどそれを喜んでいる私もいる。
 病気だった少女は、数か月後に呆気なく亡くなった。私にはどうにもできない、仕方のないこと。医療も発達し、昔だったら救えなかった病気も治すことが出来るようになったと聞く。けれど、どうしたって完全ではない。それは研究が進めばいつかは治るのかもしれない。けれど、今は……。仕方なかったのだと、思う。奇跡は起きないわけではないかもしれないけど、そう簡単に、望んで起きるものではない。
 私は彼女と別れた後……しばらくは一人でいた。いろいろ、想うことがあった。彼女に対して私が掛けた言葉は、これで良かったのか。間違っていたんじゃないのか。私と関わったせいで……と少しだけ悩みもした。それが全て、私が余計なことをしなければ生じなかった悩みなのだと思うと、少し落ち込みもした。
 けれど……、それから、何年経っただろうか。
 私は、幽霊でありながら、……死んでからもう百年近く経っていると言うのに。学校に、通うことになった。
 私立蘇芳学園。幽霊の見える学生と、同世代の……若くして死んだ幽霊だけが通える学園。昔では考えられない。まさか、そんな場所が作られるようになったなんて。私は了承し、その学園に籍を置くことになった。
 幽霊の見える学生たち、そして若くして死んだ幽霊たち。接する全てが私にとっては新鮮だった。特に、幽霊たち。ここに呼ばれた幽霊たちは、霊力の強い子たちが多いらしい。よく見かける不安定な霊とは違い、霊でありながら学園生活を楽しんでいた。死んだ年代を聞いてみると、三〇年前に死んだ子が一人と、あとはみんな一〇年くらい前。死んでから一年も経っていない、若い……という言い方はおかしいけれど、そんな霊も居た。
 完全に、平和だったとは言えない。不安定じゃなかった霊も、学園生活を行っていくうえで、不安定になってしまう子も居た。心残りを失くして消えてしまう子だって多かった。私はただそれを、静かに眺めていた。

「ねえ、由梨さんはどうして亡くなったの?」
 数年前。病弱な少女が私に向けた質問。それを、目の前の少女が私に告げている。
 南須原雛菊。霊能少女として、小さい時からテレビに出て有名だったらしい、お嬢様だ。私は最近彼女が気に入っていて、時々話すことにしている。
 彼女は周りの子たちよりもずっと幼い時から霊に接してきたせいか、霊に対して人一倍警戒心を持っている。霊に対する考えも、しっかり自分の中で持っている……つもりでいる。けれどそれは虚勢にすぎなくて、私と話すことで彼女はよく、揺れる。
 時々放課後、二人きりで話す。彼女は揺れている様を他の人には見られたくないらしい。だから、なるべく人の近寄らない空き教室で、私たちは他愛のない……いえ、彼女にとっては重要な話をすることがあった。
「死んだ理由がそんなに大事? どんな理由で死のうと、行きつく先は同じなのに」
「またそんな言い方して。違うの、私は由梨さんがどんな生き方をしてきたのか聞きたいのよ」
 どんな生き方。彼女は不満そうにそう言う。
 私の、生き方か。もう、生きていた時間のほうが短くてちっぽけなのに。
「由梨さんが亡くなったのって……百年位前? 明治? 大正? だけど由梨さんの立ち振る舞いって、大人びてるって言うか……、それって全部、幽霊になってから培ったものじゃないわよね? 華族っていうか……、いいところのお嬢様だったの?」
 彼女は鋭かった。私は思わず、口を噤む。今まで私に、そこまでのことを指摘してきた人は居なかった。
「だけど、苗字を名乗ってない……。由梨さん、前に苗字が制定されたばかりで、村の人みんな同じ苗字で馴染みがなくて忘れたって言ってなかった? だけど、良いところのお嬢様なら……苗字はあるはずよね?」
「……それは、興味? どうなるの? 私の過去なんて、知って」
 彼女の指摘してきたことは、全て正しかった。その通りだった。矛盾があるのは分かっていたけれど、みんなそれ以上は聞かなかったから、なんとなくごまかしてきた。
「別に意味はないけど、興味本位。だけど、騙されてるとか嘘を吐かれてるって思うと、ちょっとだけ癪かしら」
「……興味、ね」
 ああ、話してもいいかしら。この自分本位の、わがままなお嬢様に。私と彼女は、本質的によく似ている。……似ていたと言うのが近いかしら。こんな幽霊のお婆ちゃんに似てるなんて言われても、きっと嬉しくはないでしょうし。
「……小さな村で産まれたのは本当よ。幼い頃の私は田舎者で、学もほとんどなかった」
「……由梨さんが?」
「ええ。周りは自然ばかりで、同年代の子たちと野山を駆け巡るなんて、そんな生活をしていたのよ。勉強を教えてくれる人もほとんどいなくて、みんな文字も読めなかった。意外?」
「……意外」
 雛菊はそうぼそりと言う。嘘だとでも言いたげな目で、私を見つめていた。
「嘘じゃないわ。でも、私は引き取られたのよ、養女として」
「じゃあ、そっちが……」
「ええ。名門の、いい華族の家に。私の義理の母に当たる人が、子供が出来ない身体で、それで。私はその家で、それまでしてこなかった勉強を全てさせられて」
 女学園に編入できる学力になるまで、家で先生に勉強を教わった。勉強だけじゃなく、言葉遣いもマナーも全て叩き込まれた。その教えは、今でも大きく出ていると思う。あの時学ばされたことは、こんなに時が経っても体から消えない。
「えっと……、じゃあ、その後に……由梨さんは……」
「ええ。時々しか帰ってこない両親を敬い、お手伝いさんたちと暮らしながら。私はお嬢様として生きていた。死ぬまでの短い間だけれど」
「……えっと……」
 自分で聞きたがったのに、雛菊は辛そうな表情を浮かべている。もう、言わないほうがいいだろうか。
 ああ、でも、もう。
 思い出して、しまったから。
「私の義理の両親は、熱心な、活動家だったのよ。夫婦の仮面を被り、養女をもらい、大切に育てていると言う体裁が欲しかったの」
「……え……?」
「私の住んでいたお屋敷の書庫には、過激な思想が書かれた本がたくさんあったらしいわ。私は、もちろんそんなこと知らなかったんだけど」
 雛菊が、言葉を失って立ちすくむ。言わなきゃいいと、わかっているのに。
 覚えている。あの日のこと。普通に女学園に行って、クラスメイトと話をして。放課後にお友達の伴奏で合唱をして。そんな平凡ながらも満ち足りた、あの日々。
 あの子の名前は、なんと言ったかしら。もう、思い出せないけれど。
「家に帰ったらお手伝いさんが泣き崩れていて、義理の両親が逮捕されたって。書庫には入らないように言われてたから、誰も知らなかったみたいね。でも、逮捕されたって話もその理由も、近所に一斉に広まって。お屋敷は放火されたわ」
「……由梨さん……」
「私はね、殺されたのよ」
 何もなくなったお屋敷の跡地に、気付くと私は呆然と立ち尽くしていた。私の遺体は灰になって、骨すら残らなかった。お墓すらない。産んでくれた両親のところにすら、戻れない。
 何を恨めばいいのか、わからなかった。私を殺した近所の人たちを恨めばいいのか、私を引き取った義理の両親を恨めばいいのか、わからなかった。どうして自分がここにいるのか、これからどうしたらいいのか、何もわからなかった。わからなかったけど、ただ辛くて苦しかった。誰の記憶にも残らず、どこにも行けないままで、私が生きてきたのは、何だったのか。
「……由梨さん……、ごめんなさい……」
「どうして謝るの? ……知りたかったんでしょう?」
「そんな……つもりじゃ……。……私……」
 目にいっぱいの涙を溜めて。雛菊は唇を噛む。大人げなく、話した私が悪いのに。
「仕方なかったのよ。そういう、時代だったの。私だけではなく、悲しい最後を遂げてしまった人はたくさんいるわ」
「でも、それは……!」
 雛菊が声を荒げて、それから大粒の涙を零す。綺麗な顔をくしゃくしゃにして、私のために、泣いてくれる。
「許せないから、ずっとここに居続けたの。幽霊で、あり続けたの。私を殺したこの世界が、どんなふうに変わっていくのか知りたかった」
 私は、この世界に何も残すことはできないけれど、世界が変わっていくのに、関わることすらできないけれど。それでもただここに居たい。それは望んではいけないことなのかしら。
「もう、私と同じ理由で死ぬ子は、この国には居ないもの。文明はどんどん進化して、法だって整備されて、世界はいいように変わって行ったの。だけどまだ、この世界にも悲しみはあって、悲しい理由で死ぬ子は居て、だけどきっとそれも少しでも失くせるようにと、また、進化して、変わっていく……。私はただそれを、見ていたいだけなのよ」
「でも、そんなの……、終わりなんて、ないじゃない。それで由梨さんは、幸せなの……?」
 『幸せ』と、雛菊は口にする。ああ、そんなこと、考えたこともなかった。
「幸せよ。学園にも通えるようになって、霊が見える子たちを集める学園なんてものも出来た。昔なら考えられなかったことよ。世界は変わって行って、全然退屈しないんだもの」
 だから私はまだ、大丈夫だ。
 雛菊が泣き止むまで、私はただ黙って傍に居た。雛菊はずっと、私に申し訳なさそうな顔をしていた。

 私はどこかで、自分が死んだ理由を口にするのを恐れていた。言ってしまえば、全て思い出してしまえば、もう今まで通りにはいかないような気がしていた。だけど大丈夫だった。私はまだ、消えないでここにいる。
 そういう時代だったという事実は、一生消えない。教科書に残る範囲で、学生はこの国の歴史を知る。けれどそこに私は居ない。それは、仕方のないことだ。
 私はもう二度と、自分が死んだ理由を誰にも言わないだろう。雛菊だけが知っている。だけどいつか雛菊も、それを伝えたいと思う人に会ったら、私の話をするのかもしれない。それを聞いた人は、何を思うんだろうか。
 ……ああ。ずるいな、私は。この世界に関わらないと言いながら、本当は少し期待している。誰かと関わっていくことを、そうして何かを伝えていくことを。だけどそれは大きな変化ではなくて、小さな個人の小さな心の変化にすぎなくて。……それくらい、望んだっていいじゃないかと思う。

 全ては人より少しだけ長く生きたお婆ちゃんの、小さな昔話に過ぎないのだから。




「キミへ贈る、ソラの花」発売から1年が経ちました。
キミソラはいろんな人に愛して頂けて、発売が終わりじゃなくて、
また新しく紡いでいけるような、そんな作品になったように思います。

というわけで、作品内で語られなかった、由梨さんの過去のお話です。
由梨さんの過去に関しては自分の中ではちゃんと決めてたんですが、
いざ書き出してみると、ちょっときつかったです。
非公式SSですし、これもifストーリーか何かでもいいかもしれないきつい。
人気投票後に書かせて頂いた雪花ちゃんのSSで、初めて雛菊と由梨さんが絡んでるのを書いたんですが、
思いの外、自分の中でしっくりきまして、なんか、こうなりました。非公式ばんざい。
キミソラ発売から2年目に入り、まだまだ頑張りますので、これからもよろしくお願いします。

さて、大分話が重くなりましたがもうすぐクリスマスですね!!!!(次回予告

Cabbit 第二弾!「キミへ贈る、ソラの花」応援中!
posted by しょこ at 03:47| Comment(2) | TrackBack(0) | SS・2次創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 人のことは言えないですが、特に会話文の部分が、三点リーダーの使用率の結構高いですね。
 すいません、ダメな私の余計なお世話ですよね。
 それでは、失礼いたします。 
 
Posted by 爽 at 2013年12月21日 05:35
一番好きなキャラだったので、掘り下げたところが知れて嬉しいです。
Posted by at 2014年02月16日 11:10
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