2015年01月15日

星空のステンドグラス


 僕の通う普通の何の特色もない県立高校に天才が入学してきたのは、一年前の春のことだった。少女は絵画の天才……いや、芸術の天才というほうが正しいだろう。中学時代、何のコンクールにも送ったことがなかったのに、春の絵画コンクール全てで大賞を受賞した。絵を描くスピードも速く、しかしタッチは繊細で美しい。誰の目から見ても明らかな、天才。専門の学校への編入や、海外留学まで提案されたりしたらしい。けれど彼女はそれを拒否し、この学校で絵を描き続けている。
 取材の申し込みなどもあり、彼女は一躍有名人になった。学校側も美術部と彼女を離し、空き教室に鍵が掛けられるよう改造して、彼女のためのアトリエを作った。
 彼女の絵に魅せられた僕は、入学当初から同級生である彼女を追いかけ続けている。時々アトリエの前まで行き、彼女の描きかけの絵を見つめる。彼女が作るものは油絵が多かったけれど、水彩も含め、なんでもやる。粘土をこねているのも見たことがある。
 また、休憩しているときなどは、彼女は僕を教室内に招き入れてくれることもあった。

「お疲れ様」
 声を掛けると、彼女は「ありがとう」と言うように微笑んだ。紙コップに紅茶のパックを入れて、僕の分までお茶を用意してくれる。
「それにしても、すごいね」
 彼女が作っているのはステンドグラスだ。正確には、少し違うけれど。
 特注の大型ガラスを、業者に頼んで倒れないよう天井まで届く木の枠で固定してもらっている。ガラスの一辺は、二メートルくらい。正方形のガラスをガラス用の絵の具で塗りつぶし、星図を元に一つ一つ星を描いていく。後ろから光を当てて正面から確認して、星の明るさや色合いまでも、気を付けながら作品を作っていく。
「そんなことないよ。まだまだ」
 彼女はそう言って困ったように笑う。今まで彼女が描き続けてきた絵画とはまた違った作品ではあるけれど、その着眼点や丁寧さには、彼女にしかできないものだという気迫を感じる。
「どうしてこれを作ろうと思ったの?」
「夜にね、星を眺めてたら、綺麗だったから」
 彼女はそれが当然と言うように笑い、紙コップを置く。そっと目を閉じて……美しい夜空を思っているんだろう。彼女の目から見える世界は、僕が見るものとは違って、きっととても輝いていて、美しいに違いない。
「美しいものって、手元に置きたくなるの。そういうの、ない?」
「どうなんだろうね。僕にはそんな才能はないから、作っても無様なものになるだろうし」
 でも……と、思う。彼女の絵が手に入れられるなら、それは凄く嬉しい。そんなことを口にしたら、彼女は平気で過去の入賞作品をくれそうだから、言わないけど。
「美しいものを見て、作りたいって思えるのは、凄いことだと思うよ」
 僕がそう言うと彼女はふっと優しく微笑んで、作業に戻る。美しいものを作っている彼女が、とても美しく見えた。

 教室にいると時々、彼女の話が聞こえてくる。
 美しい天才に向けられる評価は、いつだって嫉妬や侮蔑に満ちている。彼女は特別扱いされ、空き教室を一つ、彼女専用に与えられている。それだけじゃなく、彼女の絵の具など、画材も全て学校側で持っているらしい。
 全ては、彼女のため……と言いつつ、学校のためなのだろう。彼女が賞を取れば、また彼女に取材が来たりと大きく取り上げられる。そうすれば、学校の評価も上がる。いつだって、この学校で一番有名なのは彼女で、一番すごいのは彼女だ。快く思わない人がいるのも仕方無い。
 けれど……彼女はいつだって、そういう評価から離れたところにいる。彼女はただ、自分が作りたい美しい物を作っているだけだ。それが周りを魅了して、評価に繋がっている。それを理解できていない人が多くて、イライラする。
 誰も、彼女のことをわかってない。天才の周りには、本当に敵しかいないのか。
 僕だけはいつだって、彼女の理解者でありたい。

 僕はなるべく、彼女のアトリエに自分からは入らないようにしている。扉の外から、彼女と彼女の作品を見守る。何十分何時間待っても、彼女の作品は一向に進んでいないように見えて、少しずつ進んでいる。それを黙って見ているのが、楽しい。
 熱中しているときは、彼女は僕の姿なんて目に入っていない。ただ、作品だけを真っ直ぐに見続ける。そんな彼女は、本当に天才と呼ぶのにふさわしくて、僕はそんな彼女の姿を見ているだけで、幸せな気分になる。
 大きく伸びをして、彼女は作業をしていた脚立から降りる。少しだけ廊下のほうを見た彼女と、目が合う。手招きされたので、僕は教室へと入っていく。
「別に、いつでも入ってきていいのに」
「いや、いいよ。邪魔したくないから」
「物好きね」
 困ったように微笑んで、彼女は椅子に腰かける。
「お疲れ様。調子はどう?」
「結構進んだのよ。もうすぐ、完成しそう」
「へえ、楽しみだ」
 作品は確かに進んでいる。ガラスの中では、たくさんの星が瞬いていた。
「これ、完成したらどうするんだ? コンクールに出す?」
 今まで、描いてきた絵のほとんどを絵画のコンクールに出展していた。けれど、この作品はどうなるのだろうか。
「こんなの、出せるコンクールがあると思う? でも、完成したって聞いたら、先生たちは喜ぶでしょうね」
「それは、そうだろうね。こんなに、素敵なんだから」
 コンクールには出せなくても、どこか……学内に展示はできるだろう。彼女の新作だって聞いたら、また取材も来ると思う。
「いいえ。きっと、『これでやっと次の作品に取り掛かってくれる』って、思うはずよ」彼女はそう言って、自虐的に笑った。「『素敵ね』と口では言いながら、『今度はコンクールで賞が取れる絵を描いてね』ってきっと私に言うんだわ」
「そんな……」
 そんな酷いことを、言う人がいるなんてと、僕は憤る。彼女の作るものは、全て素晴らしい。その素晴らしさは、コンクールだとか、そういうものだけで測られるものではない。
「君はそんなもののために、作品を作ってるわけじゃない。普通の、学生なんだから」
「でも、特別扱いされてるわ。鍵のついたアトリエも、……このガラスも、天井まで続く木枠も、全部お金を掛けて、用意して貰ったものよ」
「そんなの、当然のことだ」
「当然?」
 彼女は訝しげに、笑う。
「ああ。君がこの学校に与えるもののほうが、ずっと大きい。君は天才なんだから、特別扱いされて、然るべきなんだ。堂々としてればいいよ」
 彼女のように、物を作れる人と言うのは貴重だ。幼い時から絵を学んだって、こんなにも素敵な物を作ることはできない。そこにはその人独自の感性が必要で、それは万人が持っている物ではない。ましてや、彼女はまだ学生だ。これからきっと、もっともっと、伸びていく。
「周りのことなんて気にしなくていいよ。君は自分のことだけ考えていればいい」
 誰も、彼女のことをわかってない。彼女は天才で、ただ自分の作りたい美しい物を作っているに過ぎないのだ。いずれ、いつか、時が来れば彼女はプロになり、全世界から注目を集めることもあるかもしれない。けれど今は、まだ未成熟な天才だ。なのに、今は異物に対する嫉妬と憎悪が彼女に向けられ続けている。彼女は何もしていない。美しい作品を、ただ作り続けているだけなのに。
「そんなことより、完成が凄く楽しみだよ。きっとすごく話題になる」
「――ねえ、どっちが好き?」
「え?」彼女の突然の言葉に、僕は驚く。「どういうこと?」
「だからね、私が前に描いた絵と、この作品、どっちが好き?」
 一瞬、どう答えればいいか、わからなかった。
「どれが好きとか……そういうのはないよ。全部すごいし、それぞれ好きだし、魅力があって……」
 言いながらも、僕は頭の中で彼女の絵を思い出していた。彼女に直接は言えないけれど……僕はきっと心のどこかで、彼女の作品に順位を付けている。
「綺麗事ね。言ってもいいのに。私に遠慮しなくていいのよ?」
「遠慮ってわけじゃ……」
 言いながらも、僕は彼女に傷付いてほしくないのだと思った。誰だって、新しいものより、過去に作ったもののほうが好きだと言われたら、傷付くに違いない。
「私だって、順位をつけるわ。本を読んで、この作者は前の作品のほうが面白かったとか、言うわ」
 でも、それだって直接言うわけじゃないだろう……と、喉元まで言葉が出かかって、飲み込む。この言葉を彼女に向けてしまったら、自分がさっき言った言葉が嘘になる。
「別に構わないのよ。そういうものだもの。好きな物は好き、そうじゃないものは嫌いで、合う合わないだって、ある」
「そうかもしれないけど……、でも、本当だよ。君の作品はどれもそれぞれ素晴らしい。どれもそれぞれに魅力があって……。今の作品は特にいいよ。着眼点が素晴らしくて、完成がすごく楽しみで……」
「……そう」
 それだけ言うと、彼女は作品制作へと戻る。彼女の視線は作品へと向いて、僕のほうは一瞬たりとも見ない。僕も黙って、彼女のアトリエを後にする。
 廊下で彼女の作品作りを眺めながら、僕は彼女の問いになんて答えるのが正しかったのか、そんなことを考えていた。

 それからしばらくは、作品作りも大詰めだったのか、アトリエを見に行っても彼女が僕を招き入れてくれることはなかった。僕も彼女に少し会い辛くて、どこかほっとしている自分がいた。別に、これで構わない。彼女は僕とは次元の違う天才で、そもそも僕なんかに構ってくれたこと自体が奇跡だったのだ。僕はただのファンで、彼女の作品だけが目的だ。いつか彼女は大物になって、世間に彼女の名前がどんどん知れ渡って、いつか同じ学校に通っていたことだけが、僕の自慢になる。
 ある日、彼女は作品の前で、今まで見せたことのない、澄んだ笑顔を浮かべていた。ついに、作品が完成したのだろう。僕の姿に気付いて、手招きしてきた。
「できたの?」
「うん。見て」
 星空のステンドグラスは、完成していた。美しい星々……一部には銀河まで流れて、キラキラと輝いている。見つめているとどこか吸い込まれそうで、一つ一つの星々がヒカリを放っている。
「おめでとう、すごいよ。綺麗だ」
「そう……ありがとう」
 彼女は本当に、澄んだ笑顔を浮かべていた。今まで作品を作り終えても、こんなに幸せそうな表情はしていなかった。満足げな表情を浮かべながらも、どこかで憂いを抱えているような、そんな顔をしていることが多かった。
「もっと後ろから、ちゃんと見て」
 僕は彼女にそう言われて、僕はなるべく後ろに下がる。彼女はまだ作品が気になるようで、作品に近付く。そんな彼女も含めて、僕はステンドグラスを眺める。
「……綺麗だ」
 自然と、言葉が漏れる。頭で考えて出た言葉ではない、自然な言葉。感嘆の言葉が、自然と漏れ、その美しさに溜め息が出る。
「私ね、ある日、空を見上げたら星が出ていて……、ああ、綺麗だなって、思ったの」
「前も、そう言ってたね」
 どうしてこれを作ろうと思ったのか、僕が尋ねたときに、彼女はそう答えた。彼女は美しい物を見ると作りたくなるのだろうと、僕はそう思った。
「私ね」
 彼女は笑っていた。今まで見たことのない、本当に幸せそうな表情を浮かべて、僕を真っ直ぐに見つめていた。
「美しい物って、大っ嫌い」
 何が起きたのか、わからなかった。彼女はガラスの縁に手を掛け、手前に強く引く。天井まで届く木の枠があるから、そんなことをしても、倒れない、はず、なのに。
 木の枠が大きな音を立てて、倒れる。
 僕は、動けない。
 偽物の星空が、彼女に向かって、倒れてくる。
 僕はその場に座り込み、とっさに腕で顔を覆った。
「うっ……」
 ガシャーンと信じられないほど大きな音がして、真黒なガラスの破片が僕のほうまで飛び散る。少しチクチクと痛んだけれど、外傷はそれほどでもない。
 僕が悲鳴をあげるよりも早く、真っ赤な血が、僕の足元のほうまで、流れてきた。

 業者の工事ミスが原因の痛ましき事故……と、学校側は彼女の件をそう収束させたかったらしいが、木枠のねじは、彼女の制服のポケットから見つかった。ねじには彼女の指紋もあり、教室からは電動ドライバーも見つかっていて、彼女が自分でそうしたのは、間違いないだろうとのことだった。
 僕はガラスの破片を少し浴びたけれど、かすり傷程度で済んだ。僕は彼女の最期を看取った人間として、怪我の治療が終わり次第、事情を聞かれることになった。
 彼女は自分のクラスにも友達がいなかったらしく、どういうことを話す仲だったのか、男女の関係にあったのかなど、たくさんのことを聞かれた。僕は自分の疲れもあり、その問いに、なんとなくしか答えられなかった。
 彼女の亡くなり方は、他の自殺と違ってずっと異質で、たくさんのテレビや雑誌が、彼女のことを取り上げた。天才と謳われた少女には人知れず重圧があったとか、期待を背負っていたとか、真実ではない憶測が憶測を呼んで、作り上げられた彼女こそが、真実になろうとしていた。
「――ねえ、どっちが好き?」
 目を閉じると思い出すのは、彼女の問い。僕はあの時、なんて答えてあげれば良かったんだろうか。素直に順番を着けて、真実を言ったほうが、彼女は気楽だったんだろうか。
 わからない。
 彼女が僕に最期に向けた、澄んだような笑顔。きっとあの時、彼女は、本当に幸せだったのだ。全ての苦悩から解放されて、自分の作った美しい物に殺される幸せを噛みしめていたのかもしれない……と、常人にはきっと理解できない、天才のことを、想った。



11月くらいに書き始めたんですが、生きてるので精一杯で、今更書き上げました。

今年もよろしくお願いします!
posted by しょこ at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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