2015年02月15日

お返しは小さなときめきで

「先輩、私と、付き合ってくれませんか!?」
 勇気を振り絞って、少しだけ苦しそうな顔で私を見つめる、今日、初めて会った後輩の女の子。感情を真っ直ぐにぶつけて来られると、やっぱり私も、辛い。
「ごめん」
 女の子は、わかっていたと言うように、瞳にいっぱいの涙を溜めて、小さく微笑む。学園内の告白スポット、二本のプラタナスの木の前での告白……今までも何度かあったけれど、断るのも、その後の表情を見るのも、やっぱり、辛い。
 そして問題は……、今日はあと四回、この場所で、別々の子に呼び出されていることだった。

 プラタナスの木の近く……二階の資料室は、歴代、新聞部が部室として使っている。私は少女と別れて、その資料室へと向かう。
「一五時」
 新聞部部長、緑井侑子は、私をちらりと見て、それから視線を逸らす。
「一五時四五分、一六時一五分、一六時三〇分、一七時三〇分……」
「まあ、そんなに呼び出されてるんですか? さすが、学園一、大人気の蓮見先輩ですね」
「ごまかさないでよ! おかしいでしょ、これっ!」
 そう、全て私が、あのプラタナスの木の前に、呼び出されている時間だ。さっきのが一五時……。そして、あと四回、なんとも偶然、時間が被らずに呼び出されている。これは絶対、不自然だ。
「何か知ってるんでしょ? それとも何? 私、騙されてるの?」
 誰かが調整してる? それとも、手紙をくれた人、全員がグルなの? 『私は一五時がいいな』とか、被らないように話し合ってる?
「騙すなんてとんでもない。さっき告白してきた、おかっぱの一年生の女の子の涙が、嘘だと言うんです?」
 ……やっぱり、見ていたのか。あの告白スポットは、この資料室の窓から丸見えなのだ。侑子は誰が誰に告白してどうなったか、一早く情報を入手している。
「そうですね……。先輩、今まであの場所で告白された時に、誰かが来たこと、今までありました? 待ち合わせ時間が被ったりとか」
「……ないけど」
「でも、よくよく考えたら、あるかもしれないですよね? 偶然、同じ時間に、別の人が、告白しようと思い立つこと……。特に、バレンタインや、クリスマス、卒業シーズン前はなおさら」
「……もしかして……」
 ……そう、あるかもしれない。普通なら、あの場所で、他の人たちと鉢合わせること。それが、今まで起こったことないとすれば……それは……。
「そう。あの場所はネットに匿名での、予約制なのです。普通は三〇分置き。バレンタインとか、特別な繁忙期は、一五分置き」
「……繁忙期って」
「大変なんですよ。一五時から一八時の下校時間まで、計一二人しか予約できないんですから。そのうち五回が蓮見先輩なんて。すごいですね」
「茶化さないでよ……」
 ……わかっている。自分で撒いた種だ。侑子がこんなにいろいろ言ってくるのも、私がこの学園のルールに従わないから。私の通う橘女学園では、女の子のカップルは左手の中指にお揃いの指輪をすると言う風習がある。指輪をしていない人は、恋人がいないと言う証。私は一年生に恋人がいる身分でありながら、指輪を着けていない。そういうものに振り回されたくないからだけど、お陰で告白されることは多い。
「どうせ断るなら、行かなくてもいいと思いますよ。行っても行かなくても、同じじゃないですか」
「……それは、出来ないよ」
 そろそろ、時間だ。一五時四五分。あの木の前に、行かなくちゃ。
「……真面目ですね。それがいいのか、悪いのか」
「……私がこの学園の風習に従わないせいで、その子のせいじゃないから」
 私が指輪を着けないのも、恋人がいると言いふらさないのも、全て私が悪くて、私を好きになってしまったその子のせいではないから。だから、断りの言葉くらいは、ちゃんと伝えたい。
「またね」
 手を振ると、侑子は呆れたように笑っていた。誰になんと言われても、私は自分を曲げるつもりはない。また、プラタナスの木の前に、戻る。

       ◆

「今日は遅くなりそうだから、先に帰っていてもいいよ」
 お姉ちゃんはちょっと言い辛そうな顔で、私にそう告げた。
「ううん、大丈夫。待ってるよ」
 今日はバレンタイン。お姉ちゃんはきっと、たくさんの人に呼び出されて、告白されるんだと思う。
「……はあ……」
 私は美術室に向かい、適当にクロッキーを開く。帰りが遅いお姉ちゃんと一緒に帰るためだけに、私は美術部に入った。絵を描いたり物を作ったりするのは好きだけど、才能はそんなにない。
 美術部は、基本的に自由に来て、自由に居ていい部で、いつ来なきゃいけないとかそう言う制約はほとんどない。……そういうわけで、バレンタイン当日。恋人のいる先輩や同級生は、みんなデートのため、部活に来ていない。部室には私一人だけ。やっぱり少し、寂しい。
 適当に鉛筆を持って、ぐるぐると円を書く。お姉ちゃんと恋人同士になってから、結構経つけれど……私たちは別に、愛し合ってるとか、そういうわけじゃない。お姉ちゃんのことは大事だけど、もしも他に好きな人が出来たなら、私は離れるつもりでいる。そうしてその日がいつか来るかもしれないことも、それがもしかしたら今日かもしれないことも……わかってる。
「……お姉ちゃん」
 冷たい木のテーブルに突っ伏して、私は小さく、呟いた。

 お姉ちゃんから連絡があったのは、下校時刻ギリギリの、一八時くらい。校門で待ち合わせたお姉ちゃんは、なんだかすごく疲れたような顔をしていた。
「遅くなってごめんね、こんなに遅くまで……」
「ううん、私も集中してたし、時間経ってるの気付かなくて」
 本当は全然集中できなくて、適当にスケッチしては捨ててばかりいたけど、私はそう嘘を吐く。お姉ちゃんは手袋を着けて、私の手を握った。
 恋人らしいことはあまりしないけれど、お姉ちゃんとこうやって、バス停までの短い距離を、手を繋いで歩く。今日のお姉ちゃんは、疲れているのか口数が少ない。何度も小さく溜め息を吐いて、その度に真っ白い息が舞う。『疲れてるね、どうしたの?』と、聞きたいけど、聞けない。
「そういえば、今日やった数学の問題が、全然わからなくて……」
 私はいつものように、他愛ない話をする。お姉ちゃんは少しだけ微笑んで、私の話を聞いてくれた。

 お姉ちゃんの家は、私の家の斜め向かいにある。お姉ちゃんは中学の頃、よく私の家に来ていたけれど、最近は帰りが遅いこともあって、頻度は少なくなっていた。
「お姉ちゃん、ちょっとだけ、寄って行かない?」
 お姉ちゃんは時計を見て、少し悩んだようだった。もう遅いし、夕飯も近いだろう。
「少しだけ」
「わかった。いいよ」
 私の両親は、仕事が忙しく、帰りはいつも遅い。今日もまだ帰って来ていないようだった。自分の部屋に行き、暖房を点ける。お姉ちゃんはいつもの場所に座り、こたつに入る。
 学園では渡せなかったけれど、私はお姉ちゃんにチョコレートを作っていた。温かいコーヒーと一緒に、私はテーブルの上にチョコを置く。
「ありがと」
 お姉ちゃんは……きっと学園で、たくさんチョコを貰ったんだろう。私のチョコなんて、迷惑かもしれない。だから、自分で作ったとはなんとなく言い出せない。
「はあ……あったかい」
 コーヒーを一口飲んで、お姉ちゃんは私の作ったチョコに手を伸ばす。一粒取って、口元へ運ぶ。……食べた。食べてくれたけど、お姉ちゃんは特に何も言わず、二粒目を食べる。牛乳入りのコーヒーを飲みながら、私はお姉ちゃんの手元をじっと見つめていた。お姉ちゃんは口数も少なく、ちょっと疲れたような顔をしながら、黙々とチョコレートを食べている。
 嬉しいような、ちょっと寂しいような。
 玄関から、バタンと音が聞こえる。お母さんが仕事から帰ってきたんだろう。お姉ちゃんは我に返ったかのようにはっとして、時計を見る。もう、一九時を過ぎていた。
「そろそろ帰るね。コーヒーとチョコ、ありがとう」
 お姉ちゃんはそう言って、こたつから出てコートを羽織る。『ありがとう』って言われたけど、……わかってるのかな。ちょっと不安になって、尋ねてみる。
「ううん。えっと……。チョコ、美味しかった?」
「え? 美味しかったよ?」
「そっか、良かった」
 美味しかったなら、良かった。私からのバレンタインだって言うのは、気付いてないみたいだけど、それは別に、いい。
「え……あれ……?」
 お姉ちゃんは何かに気付いたように、テーブルの上を見る。今は、中身のないチョコの箱だけが、テーブルの上に置かれている。
「えっ、て、手作り……!?」
「えっと……うん、一応……」
「えっ、嘘! えっ……ええっ!?」
 お姉ちゃんは驚いて、すごく動揺していた。そんなに驚かれると思わなくて、私もちょっと困惑してしまう。
「買ったものかと思って……! だって、すごく柔らかくて……!」
「生クリームを入れると、しっとりするんだよ?」
「だって、綺麗なプリントみたいなのも、入ってて……!」
「それは、転写シートっていうのが売ってて」
 お姉ちゃんは、チョコレートを買ったものだと思ってたみたいだ。お姉ちゃんが来た時はよく、チョコとか、家にあるお菓子を出してたから、あんまり不思議に思わなかったみたい。
「食べちゃった! なくなっちゃった! どうしよう!」
「どうしようって……、お姉ちゃん、今日、チョコ、たくさん貰ったんじゃないの……?」
 お姉ちゃんは学内でも人気が高いから、本命だけじゃなくて、たくさんの人から義理チョコを貰うのかと思っていた。
「貰ってないよ! 全部断ったもん!」
「え? でも、お友達からとか……」
「たまに、義理だって言って渡してきて、中に手紙とか入ってたりするのっ。だから全部断ってるのっ!」
「……そ、そうなんだ……。……そっか……」
 仕方ないと思っていたけれど、やっぱりちょっと、嬉しい。お姉ちゃんが誰からも、チョコを受け取っていないこと。食べたのは、私のチョコだけだって、こと。
「簡単だし、また作るよ?」
 材料は余ってるし、お姉ちゃんが喜んでくれたなら、何度だって作る。
「…………」
 お姉ちゃんは黙って、私をぎゅっと抱きしめた。
「ふえ……?」
 驚いて……何も、言えない。体が熱くて、心臓がすごく、ドキドキした。こんなこと、初めてで、どうしたらいいかわからない。お姉ちゃんの体が、すぐ傍にある。私の頬に、お姉ちゃんの頬が、当たってる。
「ありがとう」
「……う、うん……」
「今度、お礼するね」
「……うん……」
 お姉ちゃんは恥ずかしそうに視線を逸らしながら、私から離れる。お姉ちゃんの頬も、少しだけ赤くなっているようだった。こんなこと、恋人同士なら当然のことかもしれないけど、私にとっては、今まで初めてで。
「またね」
 お姉ちゃんはいつもみたいに笑って、私の部屋を出て行った。私は心臓がドキドキしすぎて、まだ動けずにいた。

 次にお姉ちゃんに会った時には、お姉ちゃんは何もなかったかのようにけろっとしていて、私も普通に接する。恋人として、特別なことはしない。手を繋いで、バス停までの道を歩くだけ。
 それでも、時々……バレンタインのあの時のことを思いだす。小さなときめきが、ずっと胸に残ったままでいた。



バレンタイン間に合わなかった!!(;´Д`)

君色エンゲージ、かえでと菜緒のSSを書きましたー。
菜緒ちゃん可愛いなぁ……。

3月1日に行われる、Girls Love Festival13「ミント27」に、スペース頂きました!
君色エンゲージの2巻が出ます。
引き続き、ヲリさんに挿絵をお願いしてますっ。
Cabbitライブの次の日なので、良ければよろしくお願いしますーっ。

posted by しょこ at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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