2017年02月14日

小さな抵抗

 彼は、意外とモテる。モテるというのとは、少し違うのかも知れない。どちらかというとそっけなかったり、女の子を大事にしないタイプだったり、そういう部分はあるけれど、憎まれるタイプではないというか。たまに会うだけの関係だし、お互い仕事が忙しいから、なんというか、楽だ。「ごめん、遅くなったっ」
 そして、そんなバレンタイン当日。私は約束していた時間に遅れに遅れ、彼のアパートについたのは23時。仕事が終わらずいらいらして、かきあげた髪はぼさぼさになって、化粧だって乱れている。ああもう、最悪。上司の嫌がらせとしか、思えない。お局様はだいたいバレンタイン特設が始まる2月始めくらいから、ずっと機嫌が悪かった。……違うか。クリスマスからかも。
「いや、こんな遅くに来てくれてありがとう。寒かったでしょ」
 優しく微笑んで、彼は私を部屋にあげてくれる。本当に、女の子にでも片付けてもらってるんじゃないかってくらい、いつでも綺麗で片付いた部屋。正直、私の部屋のほうが汚い。暖かい部屋で、手櫛で無理矢理に髪を整える。
「何か食べてきた?」
「ううん、何も」
「じゃあ、すぐ準備するよ。食べてないんじゃないかと思って、作ってたんだ」
「助かる……! ありがとう」
 彼は料理もできて、私が来るとき、たまに食事の準備もしてくれていたりする。こういう気配りのできるところとか、本当にモテる要素が詰まっているというか。本当に、何もできない自分が不甲斐ない。
「なんか、ごめんね」
「しょうがないよ、平日なんだし。日曜日、出かけられるんでしょ?」
「うん」
 今日は……仕方ないと自分に言い聞かせる。本番は、日曜日。その日に、いつもお世話になってる彼のためにも、精一杯のこと、しなくっちゃ。
 テーブルの上には、いくつもの包装されたチョコレートが並んでいる。それを見ると、やっぱり少しだけ切なくなる。
「これ、もらったの?」
「うん。会社で」
「そっか……」
 義理チョコだとわかってるから、彼は気にも止めていないようだ。だけど、やっぱり少しだけ、心の中が、もやっとするの。義理チョコ? 本当に? 心の中に秘めた思いなんて、誰にもわからない。本当は本命かもしれないよって、意地悪するみたいに呟いてみたくなる。そうしたら彼は何を思うかな。その子の意識が自分に向いてるって思ったら、やっぱり意識しちゃうのかな。
 そうしたら。
 その子と私を、比べるのかな。私、きっと、勝ち目ないな。女の子らしい可愛らしい要素なんて、私には一つもないもんね。チョコだって、一応用意してきたけど、こんな可愛い包装じゃないし、……もしかして手作りもあったり? 柄にもない嫉妬のような感情が胸に浮かび上がってくる。
「準備するまでもう少しかかるから、食べてていいよ」
「……いいの?」
「うん。いっぱいあって食べきれないし」
 彼の一言に、ちょっとだけ胸が弾む。この中に気持ちのこもったチョコがあったとしてもーーそれでも、彼の恋人は私なんだ。こうやって、彼の貰ってきたチョコを食べちゃうことだって、恋人の私にはできちゃうんだ。
「ふふ」
 きっと、私よりも可愛くていい子なんていっぱいいるけれど。それでももう少しだけ、彼の一番で居られるといいな。そのために私も、もうちょっとだけ頑張ろう。少しでも、完璧な彼に釣り合う女性になれるように。彼が作ってくれたご飯を食べたら、私の持ってきたチョコをあげて。それから小さく、キスをして。
「いただきます」
 心の中で小さく、ごめんねって呟く。それでも、彼の恋人は私なんだって、顔も知らない女の子に伝えるみたいに。小さな丸いトリュフチョコレートを、口の中に放りこむ。
「……ん?」
 これ、ココアの苦み?
 なんだかちょっとだけ、変な味。


「なんとなく、わかってたんです。彼にたくさんの恋人がいること。きっと、忙しい人ばかりを狙ってたんでしょうね。束縛もしなくて、忙しい振りをして、都合が合わなくなって断っても、許してくれそうな人。亡くなった人も、結構お忙しい人だったんでしょう? テーブルの上にあったチョコレート、何気なく食べたんでしょうね。
 毒の入手経路? 違います、私が作ったんですよ。大学で薬物研究をしてるんです。冗談のつもりだったんですけどね。人間に使ったのは初めてです。うまく行くとは思いませんでした。私が作ったのは、女性にだけ効く、猛毒なんです。公表できないですよね。女性にだけだなんて、こんなものがあるってわかったら、新たな事件が生まれちゃいそうですもんね。私のパソコンの中にレポートが入ってます。本当はちゃんと、先生に相談して、公開するつもりだったんですよ。彼への苛立ちから始めたことだったけど、すごい研究だって自覚はあったんです。何か賞だって貰えちゃうかもって。私の地位だってきっと上がるし、先生には何やってんだって笑われそうだけど、恋人が浮気してて、その恨みを研究に込めましたって言ったら、いい笑い話じゃないですか。
 使うつもりなんて、本当になかったんです。この毒だって、もしも彼があげなければ、見つからないはずでした。小さな、抵抗のつもりだったんです。私があげたチョコを、彼以外の誰かが食べることだけは、許せなかったんです。
 馬鹿なことしたなって、後悔はもちろんありますよ。せっかくの一攫千金、逃しちゃったような気分です。彼女は死ぬ前、何を思ったんでしょうね。彼氏が貰ってきた義理チョコ食べちゃう本命彼女の気分だったんでしょうか。彼女も被害者なのはわかってます。
 でも、私だけが大罪人になるのは、ちょっとだけ納得いかないかな。複数の女性と付き合うことが、罪にならないこと。それでも手を出した私が、全部悪いんですけどね。
 だからこれは、私の小さな抵抗で。いいんです。それでも、自分の人生全部なげうって、非難されて、償いきれない罪で一生を終えたとしたって。彼のために部屋を片付けたり、料理をしたり、その料理を誰か別な彼女と食べてることを知ってたとしたって、全部笑顔で知らない振りをして。
 それでも私が本命だよねと言うためだけの、小さな小さな、初めての、抵抗なんです」



今年も楽しいバレンタインです。
posted by しょこ at 22:49| Comment(1) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お久しぶりの更新ssだったのでコメさせていただきました。
あれ?でもなんかデジャヴってるような小包BURNもあったような無かったような....

今回も楽しく読ませていただきました!トリノライン発売してるんですが、いかんせん自分のノートPCが旧世代の物でして...機会があれば是非Playしたいと思います!

さらなる活躍を陰ながら応援してます。それでは!
Posted by サイふぁ〜 at 2017年04月09日 02:02
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