2017年02月14日

小さな抵抗

 彼は、意外とモテる。モテるというのとは、少し違うのかも知れない。どちらかというとそっけなかったり、女の子を大事にしないタイプだったり、そういう部分はあるけれど、憎まれるタイプではないというか。たまに会うだけの関係だし、お互い仕事が忙しいから、なんというか、楽だ。「ごめん、遅くなったっ」
 そして、そんなバレンタイン当日。私は約束していた時間に遅れに遅れ、彼のアパートについたのは23時。仕事が終わらずいらいらして、かきあげた髪はぼさぼさになって、化粧だって乱れている。ああもう、最悪。上司の嫌がらせとしか、思えない。お局様はだいたいバレンタイン特設が始まる2月始めくらいから、ずっと機嫌が悪かった。……違うか。クリスマスからかも。
「いや、こんな遅くに来てくれてありがとう。寒かったでしょ」
 優しく微笑んで、彼は私を部屋にあげてくれる。本当に、女の子にでも片付けてもらってるんじゃないかってくらい、いつでも綺麗で片付いた部屋。正直、私の部屋のほうが汚い。暖かい部屋で、手櫛で無理矢理に髪を整える。
「何か食べてきた?」
「ううん、何も」
「じゃあ、すぐ準備するよ。食べてないんじゃないかと思って、作ってたんだ」
「助かる……! ありがとう」
 彼は料理もできて、私が来るとき、たまに食事の準備もしてくれていたりする。こういう気配りのできるところとか、本当にモテる要素が詰まっているというか。本当に、何もできない自分が不甲斐ない。
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2015年02月15日

お返しは小さなときめきで

「先輩、私と、付き合ってくれませんか!?」
 勇気を振り絞って、少しだけ苦しそうな顔で私を見つめる、今日、初めて会った後輩の女の子。感情を真っ直ぐにぶつけて来られると、やっぱり私も、辛い。
「ごめん」
 女の子は、わかっていたと言うように、瞳にいっぱいの涙を溜めて、小さく微笑む。学園内の告白スポット、二本のプラタナスの木の前での告白……今までも何度かあったけれど、断るのも、その後の表情を見るのも、やっぱり、辛い。
 そして問題は……、今日はあと四回、この場所で、別々の子に呼び出されていることだった。
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2015年01月15日

星空のステンドグラス


 僕の通う普通の何の特色もない県立高校に天才が入学してきたのは、一年前の春のことだった。少女は絵画の天才……いや、芸術の天才というほうが正しいだろう。中学時代、何のコンクールにも送ったことがなかったのに、春の絵画コンクール全てで大賞を受賞した。絵を描くスピードも速く、しかしタッチは繊細で美しい。誰の目から見ても明らかな、天才。専門の学校への編入や、海外留学まで提案されたりしたらしい。けれど彼女はそれを拒否し、この学校で絵を描き続けている。
 取材の申し込みなどもあり、彼女は一躍有名人になった。学校側も美術部と彼女を離し、空き教室に鍵が掛けられるよう改造して、彼女のためのアトリエを作った。
 彼女の絵に魅せられた僕は、入学当初から同級生である彼女を追いかけ続けている。時々アトリエの前まで行き、彼女の描きかけの絵を見つめる。彼女が作るものは油絵が多かったけれど、水彩も含め、なんでもやる。粘土をこねているのも見たことがある。
 また、休憩しているときなどは、彼女は僕を教室内に招き入れてくれることもあった。

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2014年02月14日

普通より少しだけ幸せなだけの道


 2月14日。バレンタイン。世間では女性が男性にチョコレートを贈る日とされ、充実した生活を送っている男女からしたら、本当に一大イベントだ。だけど俺は今までそういうものからは無縁で、『今年も貰えなかった』と肩を落とすようなバレンタインを送ってきていた。
 だけど、大学生になった今は少し違う。少しだけ、気になっている女の子がいる。その子も多分俺に好意を持ってくれている……気がする。まだ告白には至っていないけど、感触はいいというか、タイミングを見計らってると言うか。
 ……まあ俺の気のせいかもしれないけど。
 そうじゃなくても、同じ学科に女の子はいる。多分、毎年のように0個(母さんの分を除く)ということはないと思う。いつもより少しだけ早く、俺は大学に向かった。続きを読む
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2013年10月23日

首が落ちる夢

 夢の中の私は、首を押さえている。まるで自分の首を絞めるように。
 そうして、その手を、放す。
 私の首は、酷く変色して、青紫色になっていて。それは映画で見た、ゾンビか何かのようで。
 そうして首だけが爛れて、いて、ついには、ちぎれるように、頭が、落ちる。
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2013年09月08日

夢を食べる

「君の夢は本当に美味しいね」
 彼女はそう言って、朝、俺の隣でニコニコと笑った。
 対する俺は、目覚めが良くないけど。

 彼女は獏だ。バク……古代中国の伝説で、夢を食べると言われている動物。本当は人の形をした、謂わば吸血鬼みたいな生き物らしい。ただ、吸血鬼とは違い、ちゃんと生きてるし、人間と同じように死ぬ。ただ、人間と同じようには生きられない。夢を食べなければ、身体を保てないのだと、彼女はそう言っていた。身体を保てないという意味がよくわからなかったけれど、要するに死ぬと言うことらしい。
 彼女は普通に獏として生まれて、学校とかも通いながら普通に生きてきて、普通に就職して、そうして俺に出会った。
 付き合ってすぐはそのことは知らなかったけど、夜中によく家を抜け出すのでそれでおかしいと思った。問いただすと「私は獏なの」とか言い始めて、「その辺で寝てたおっさんの夢を食べてた」とか言いやがったので超怒った。「羽とかないし、人様の家に不法侵入は出来ないんだよ」とか言い始めて、しばらく喧嘩した。
 彼女の言葉を信じられなかった俺は(まあ今も到底信じられないんだけど)、とにかく一緒にいるときは外に出るのを禁じた。本当に夢を食べるとか言うなら、俺のを食べればいいと。
 その日から、「美味しい」と彼女は俺の夢を食べるようになり、俺は悪夢にうなされるようになった。
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2013年09月07日

呪いの鉄棒

 近所の公園にね、一ヶ所だけ使っちゃいけない鉄棒があるの。壊れてるとかじゃなくて、ずっと前にそこで男の子が頭を打って亡くなったんだって。それで、使用禁止って紙が張ってあるの。
 私たちの間では、呪いの鉄棒って呼ばれてて、触っただけで呪われちゃうって言われてる。触った子が事故あったとか、そういう噂もあるみたい。
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2013年09月06日

夏の終わり

 私の夏は、たった3日だけ。
 お兄ちゃんに会える、2泊3日の、たった3日だけ。

 毎年お盆になると私も含めて親戚全員が、お爺ちゃん家に集まる。お爺ちゃんの家は田舎にあって、とっても広いから、20人くらいは平気で泊まることが出来る。私も毎年お盆とお正月は、お爺ちゃんのところで過ごしていた。
 お兄ちゃんと言うのは、私のお母さんのお兄さんの息子さん……つまり、私の従兄に当たる。お兄ちゃんは私より2つ上で、今年で高校を卒業する。進路はまだ聞いていないけど、もし遠くの大学に行ってしまうのだとしたら、もう会えなくなってしまうのかもしれない。
「おう、背、伸びたな」
 お兄ちゃんは毎年、変わらない。この年になっても、お兄ちゃんは子供の時と同じように私に接してくれる。
「可愛くなったじゃんか」
「……そんなことないよ」
 言いながらも、私の胸は大きく高鳴る。
 可愛く、なったって。本当に、そう思ってくれてる……のかな。続きを読む
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2013年09月04日

ハーレム

「ここにはヤンデレが3人います」
 目の前にいるメガネを掛けた幼馴染は、冷静にそう切り出した。
「危険なので今は各自部屋に監禁されています。今話している内容は、彼女たちには聞こえません。
 貴方は彼女たちに何故か愛されております。まずは経過を説明しましょう」
 俺が今いるのはリビングのような場所。けれど、それに不釣り合いな――四つの鉄の扉。多分、そのうちの三カ所は小さな部屋に繋がっていて。
 そこに、彼女たちが、いる。
「少女たちを、A、B、Cとしましょう。彼女たちは幼い頃からの親友でした。Aは、去年貴方と同じクラスでしたね。貴方に恋をしたのは、その時だったようです。
 Aは親友であるBとCに時々貴方の話をしていました。今年に入って3人は貴方と同じクラスになりました。そこからは貴方も知っていますね。貴方は彼女たちに誘われて時々遊ぶようになりました。3人の女の子の中で男は一人、しかもそれぞれが自分に想いを寄せてくれてる……それはそれは幸せだったことでしょう。
 貴方が幸せだったのと同様に、彼女たちも貴方への想いを募らせていきました。
 いいですね、ハーレム。続きを読む
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2013年09月03日

電気の紐が切れた

 電気の紐が切れた。
 寝る前のことだった。電気を消そうと紐を引っ張った時に、ブチっと何か大きな音がして、電気の紐は動かなくなった。
 とりあえず眠かったので寝た。
 次の日、カーテンを開けて、なんとかして電気の蓋を開けてみる。どうやら、ヒモが中で切れてしまってるようだった。とりあえずパソコンで調べてみたら、紐は経年劣化するものだし、よくあることらしい。なんとかならないかといろいろしてみたら、わりと大事な部分らしいパーツの爪が壊れた。
「……見なかったことにしよう」
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2013年07月12日

短冊

 私の願いってなんだろうと考えたら、手渡された短冊は、書けなかった。たくさんの願いが書かれた笹が私の目の前で揺れていた。可愛らしいハートマークを並べて、好きな人とのことを願う人もいれば、拙い文字で書かれた将来の夢もある。
 今の私には、どちらも、重い。
「大丈夫?」
 隣にいる友人が、私に尋ねる。彼女の短冊も、まだ白いままだ。
「行こっか」
 箱に短冊を戻し、彼女は歩き始める。私も、それに倣った。
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2013年02月15日

幸せを噛みしめながら、絶望に平伏せ

 2月14日。その日、俺の元に一つの小包が届いた。
 届いたとは言っても、実際に宅配業者に委託したわけではないらしい。宅配便の伝票に、宛先と名前だけ書いて、自分で持ってきて玄関に置いたようだ。
 差出人は、俺の幼馴染になっていた。

 幼馴染は何人かいるが、この包みを送ってきた少女は、その中の一人だった。彼女はうちの近くに住んでいる子で、幼いころはよく一緒に遊んだし、登下校を共にすることもあった。すごく引っ込み思案で、周りに苛められることも多くて、俺が守ってやらなきゃとどこかで思っていた。けれど、それも年と共に治まって、段々しっかりしてきて、友達もたくさん増えて……、年を重ねるうちに少しずつ疎遠になっていった。時々メールくらいはするくらいで、ついには学校も違くなった。別々の学校に通うようになって、きっと彼氏とかも出来たりするんだろうなと、なんとなく思っていた、
 2月14日、この日が何の日か、俺だって知っている。チョコレート業界は正月が終わった途端にチョコレートのCMを始め、1カ月以上に渡って、俺たち男を苦しめ続ける。もしかしたら貰えるかもしれない……そんな期待をしてしまう馬鹿な自分を、そんなわけあるはずない何度も戒めて、それでもどこかで期待している。それでいて結局当日になってみると、クラス中にチョコをばらまいている女の子からいくつか義理チョコを貰って、あと家族から貰って……それくらいで終わってしまう。
 けれど……目の前には包みがある。これは、もしかして。
 もしかして。
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2013年01月05日

ぐつぐつ

ぐつぐつ、ぐつぐつ。
私は頑張って、お料理を作ります。

私がお兄ちゃんのことを、ちゃんと異性として好きなのだと気付いたのは、6年ほど前のことです。
その時、私はお兄ちゃんとお母さんと、3人で暮らしていました。
お母さんが居なくなったのは、4年ほど前のことでした。
お兄ちゃんは目に涙を溜めながら、「辛いけど2人で頑張って行こう」と言ってくれました。
あの時のお兄ちゃんは本当にかっこよかったです。
お兄ちゃんには内緒ですが、お母さんは庭にある、梅の木の下に居ます。

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2011年11月01日

指切り

「いち、にぃ、さん……し……」
 彼女はにこにこ笑いながら、大切なコレクションの数を数えている。彼女の外見は、お洒落に常に気を遣っている年頃の女の子そのもので、普通なら何か可愛いコレクションでも集めていそうな顔で。
 それを、
 数えている。

 この街で不可解な事件が起き始めたのは、4カ月程前のことだ。28歳サラリーマンの男性が会社からの帰りに何者かに襲われた。彼は眠らされており、目を覚ますと、彼は両手の小指を失っていたと言うのだ。命に別状はなく、本当に、小指以外には傷一つなかったらしい。
 それからも同じ事件はたびたび起こり、警察は目下犯人を捜索中だ。最近では警察の無能さを咎める声も出ている。
 小指を切り落とすという行為から、指を詰めるという儀式が連想された。私も、被害者は皆、実はそういう関係の人たちと繋がっており、……まあ、そういうことなのかもしれないなどと、ニュースを見ながら思っていた。
 彼女に話を打ち明けられるまでは。

 彼女は小指を数えている。切り落とされた両の小指。年齢は10代後半から最年長は50過ぎだったと思う。その小さな指を彼女はガラスのケースに防腐剤と一緒に詰める。そうして、うっとりとした瞳でそれを眺め続ける。まるで宝石みたいに。
「どうしてなの」
 私は大切な友達だと思っていた少女からそんな話をされて、すぐにその疑問を口にした。
「小指がなければ、指切りが出来ないでしょう?」彼女はそれがさも当然であるかのように笑った。「指切りが出来なければ、誰とも約束出来ないの。そうすれば、守れない約束に誰かが傷付くこと、ないでしょう?」
 わかるようで、わからなくて、怒りとも、悲しみとも違う感情が沸き上がってきた。それでも、私は彼女といることを選んだ。

 彼女は小指を集めている。けれど、犯人は決して、彼女ではない。犯行時間と思われる時間、彼女は学校におり、もしくは私と一緒にいたのだから。
 大の大人が襲われ、小指を切り落とされ、そうして犯人はまだ見つかっていない……。小指を持っているのは彼女だけれど、犯行は別の人間……、それも、一人とは限らない。
 彼女は「小指がなければ約束できない」と言った。約束がなければ、傷つかなかった人がいる? 彼女は小さな罪人の、小指を集めている?
 何か大きな組織があって、何か大きな理由があるのかもしれない。私が聞くことなど出来ないけれど。

 帰宅の時間が近付いてくる。私の小指は、まだある。帰り際になると、彼女は少しだけ寂しそうな顔をする。
「また明日ね」
 私が言うと、彼女は嬉しそうに微笑んでみせる。
 私はまだある指で、彼女と今日も、「指切り」をするのだ。
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2011年05月20日

マイク

「あー、それでなんだっけ? 前にも言ったよね、そんなこと」
 彼女の声がアンプから聞こえてくる。1日に数時間、彼女と話をするのが今でも日課になっていた。そうして彼女は1日に1回、その事実を忘れるなとでも言うように、笑いながら言う。
「あたしが、死ぬ前に」

 彼女とはバンド仲間だった。彼女がボーカル、俺はギターで、計5人のバンド編成。基本的に仲良くはやれていたと思う。俺があんまりみんなのプライベートに、口出ししないようにしてたから知らなかっただけなのだけれど。
 まぁ言ってしまえば、男女比率が良くなかったのだろう。彼女以外はみんな男だった。俺はそのことをなんとも思ったことはなかったけれど、みんなはそうじゃなかった。それだけの話だった。
 
 彼女の声は美しかった。天使の声とか言う人もいたけど、俺は悪魔の声だと思ってる。もしくは堕天使。それくらい、美しすぎて気持ちが悪いくらいに、美しかった。恐ろしい声だと、思った。
 俺たちのバンドは彼女が居たから成り立っていたに過ぎない。ファンの人たちもみんな彼女目当てで来ていたし、彼女だけならもっと早くプロの世界に行けたのだと思う。俺たちは彼女の力に支えられていた。いや……
 俺以外のメンバーはみんな、彼女の虜だったのだ。
 
「まぁ、仕方ない。あたしが悪いわよね。君以外のみんなと、そりゃあもう公平に1回ずつ付き合ったら。刺し殺されても仕方ないっていうか」
 バンドの練習が険悪になって。その日に彼女はマイクの前で歌いながら死んだ。犯人はベースの男で、彼女の唄や声に、一番釘付けになっていた奴だ。歌っている姿のまま、一番輝いている姿のまま、彼女は止まって、終わった。
 彼女の愛用のマイクは血まみれになって、普通にはもう使えない。彼女と付き合った連中がそれを引き取るのもあれで、仕方ないから俺が引き取った。
 その日から家で若干の怪奇現象が起こって……、いや、起こった気がして。ああでも、もうこうなってしまった以上認めるしかないか……。彼女が、起こしたのだと思う。コップが割れたのも、ギターケースの鍵が突然開いたのも。マイクの鳴るようなキーンという音が、頭に響いて消えなくなったのも。
 気持ち悪くなって、俺は家のミキサーに繋いで、そのマイクの故障具合を確かめてみた。次に引き取る人には申し訳ないけど、「使える」と言って売り払ってしまいたかったのだ。
 そうしたらまぁ。
 喋ったんだけど。
 
「いやもう、ほんと邪魔なんで、なんとかなりませんかね」
「酷いなぁ。こんなに若くて可愛い子と同棲してるっていうのに」
「同棲じゃねぇよ。声だけだし」
「まだ、歌えるもの」彼女はそう言って笑うように言った。「まだ歌えるもの。そうしたら、生きてるのも死んでるのも変わらないじゃない?」
 彼女はそう言って、毎日俺に向かって一曲歌う。魅せるようなその声は、生前から変わらない。息をするその音まで、全て、そのまま。
 きっと、この声がみんなを狂わせたんだ。
 狂気に落ちる歌。人の心をもてあそぶような、悪い魔法のような歌。

 こういう状況になってから一度だけ彼女の声を録音してみたことがある。そこには、美しすぎるあの声が綺麗に残っていた。生きていたころよりもずっと、艶を増して。俺はその事実を彼女に伝えずにいる。ばれてしまったら、彼女の欲望は抑えきれないままに溢れだしてしまうだろうから。
 こんな声を、もう誰にも聞かせるわけにはいかない。
 
 彼女を閉じ込めて、毎日少しだけ会話をして。
 
 心のどこかでずっと求めていた彼女を、俺は手に入れてしまったのかもしれない。



お題「マイク」で書きました。
地震後、超病んでて、
「私こんな狂ったような作品ばっかり書いてていいんだろうか」と
何十回も何百回も悩んだ挙句、
「あー、私こういうの書いて行くしかないんだなぁ」と思わされた短編です。
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2009年05月04日

めんどくさい男

 彼は、律儀な男だった。いかにもA型といった感じで、優しくて、かっこよくて……。女友人の恋人たちはみんな、彼氏が雑だとかプレゼントをくれないだとかで悩んでいるけれど、彼は違った。付き合った記念日も、誕生日も、クリスマスも……。一度も忘れたことはなかった。私はそんな彼が大好きだった。
 けれど、彼を昔から知る人たちは口々に、「彼と1年以上付き合うのは無理だ」と言う。私が「どうして」と尋ねると、みんな口を噤んでしまう。「彼は優しくて素敵な人よ」というと、「そうだろうね」と言って苦笑いする。そうして半年のお祝いも、一年のお祝いも迎えた。
 おかしいなと思ったのは、本当に1年過ぎたころだった。その頃から、彼は少しずつイライラするようになっていった。
「ねえ、君は今日何の日か覚えてないの?」
 そんなふうに私に何度も尋ね始めた。一年の記念日も終わったし、誕生日も違う。私は何度も首を傾げた。
 そうして、彼は遂に私に対して怒りを露にした。
「どうして君は何も覚えていないんだ!?」
「だから……なんのこと? 何の日だって言うの?」
「決まってるじゃないか、今日は! 付き合い始めて初めて君と長電話した日だよ!」
 
 彼と別れてから、彼の知り合いと会うことがあった。私が別れたという話をすると、彼は「そうだろうなあ」と苦笑いをした。
「言っていいことかどうかわからないが……。あいつに恋人ができたらしい」
 そうですか、と言って笑った。未練は少しもなかった。
「その女性……、自分が今過ごしてる全てのことが記念日になってることに、気付かずに生きるんですね」
 そうだろうなあと言って笑った。
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(゚U。)

 変な顔文字が流行り始めた。上下にななめった目に、大きな口。これがどんな感情を表しているのか、俺は知らない。ただ、ここ最近この顔文字だけがぽんと書かれたメールがよく届くのだ。
 顔文字のほかには何の文章も書いておらず、しかもあまり接点のない人間ばかりから届く。俺はいつも対処に困って、そのまま返信もせず放置していた。
 ある日、ここ数年連絡を取っていない友達に連絡をしなければならない用事が出来た。そいつは以前にその顔文字を送ってきたのが最後だった。メールを送ってみると、すぐにエラーメールが返ってきた。電話も、繋がらなかった。
 俺はその変な顔文字を送ってきた他のメンバーにもメールを送ってみた。次々とエラーメールが舞いこんでくる。どういうことだ!? 俺は怖くなって必死に電話をかけたが、どうしても繋がらなかった。
 みんな、どうなってしまったのだろうか。あの顔文字は失踪するっていうサインだったのか? 俺にはもうそれすらもわからない。

「ね、なんか変な絵文字送られてきたんだけど。なにこれ。キモい顔ー」
「なに? どういうの?」
「(゚U。)」
「えー、これ、今超有名だよ!」
「え。なにそれ」
「メアドとか番号とか変えたとき全員に送るのめんどいじゃん。電話帳とかすぐ増えるし」
「うん」
「そんで、もう消してもいいかなって人に(゚U。)って送るの。返信がなかったら、消していいってこと」
「まぢで。どうしようー。こいつ消していいかなー?」
「消しちゃえ消しちゃえ」
「まあいっかー。削除っと。あたしも何人かに送ろうかな。……送っていい?」
「いいけど、返信しないよ?」

*
淡白な社会になりました。
posted by しょこ at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月29日

手すり

 高齢化社会が深刻化してきた。4人に1人がお年寄りになると、年金が大変しか考えてこなかった私たちは、別な理由にぞっとし始めた。高齢者の意見の強さだ。
 バリアフリーという言葉が叫ばれ始めて早10年以上が経つ。ついに、全場所への手すりの設置が義務付けられた。歩道に手すりがないなんて危ない、ということらしい。私の職場も例外ではなかった。仕事場なのだから、高齢者がいないのは当たり前だというのに、義務だといわれていろんなところに手すりをつけられた。棚の前、扉の近く。遂には細い廊下にまで。私たちは手すりに苦労しながら暮らすことになった。
 誰もが苦痛を抱えている法案だというのにもかかわらず、マスコミは良い点しか放送しなかった。当たり前だ。少しでも私たち若者に都合のいい報道が出ると、テレビの前に終始はりついているおじいちゃまおばあちゃまたちはテレビ局に一斉に苦情を言うのだ。その数が何百何千万となれば、恐ろしくなってテレビ局も報道に慎重になる。
 ついには勝手に手すりをはずしたとして、若者が捕まった。よくやったと称えてあげたい自分がいて、私ははあと溜息をついた。
「不満かい?」
 上司が私に笑いながら尋ねる。私はすました表情で「めっそうもありません」と答えた。
「若者たちは積極的に結婚して、たくさんの子どもを生んでいるらしい」
「老人たちに対抗するために、ですか?」
「そう。政府は子どもが生まれるたびに大金を寄付してくれるしね。おじいちゃんおばあちゃんも子どもが大好きだ。おこずかいだってあげる」
 はあと私は溜息をつく。仕事一筋に生きる女としては、その手の話題はご遠慮願いたい。
「どうだい? そろそろ結婚という道もあるんじゃないか?」
「いやですよ」私はにっこりと笑ってみせた。「私がおばあちゃんになったとき、いい思いできないじゃないですか」
 全くだ、と言って笑った。手すりに体を委ねながら。
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Suica

 都内を電車で行き来するときに、もうSuicaを持つことが当たり前になりはじめたその日、Suicaの表示残高に俺は絶句した。
(なんだ……これ……?)
 通常最大1万程度しか入れていないはずの俺のSuicaには、大金が入っていると表示されていた。その額、表示が難しいくらい。電子プリペイドカードにこんなに入るのかと疑問になるくらいの額だった。
 俺は昨日残っていたと思われる額を思い出そうとした。前回入れたのが3月頭で、そろそろ入れ直さなきゃと思っていた時期だった。ということはあと数百円しか残っていない計算だったはず。俺は自販機に走って飲み物を適当に買ってみた。
 買えた。10本を超えても、まだ。ただの表示ミスではないらしい。俺は大量の缶ジュースを持って会社に向かうことになった。

 俺は会社の昼休みに、Suicaが使える場所を徹底的に調べた。どうしたって少額の電子プリペイドカードなのだから、あまり大きな物を買える店はなさそうだった。同僚には缶ジュースを配って、それ以上のことは話さなかった。俺はとりあえず仕事終わりに本やCDを適当に買い、買えることを確認してから、飲食店で少しだけ高級なものを食べて帰った。後のことが怖くて結局それ以上のことはできなかった。
 次の日表示を見ると、数百円に戻っていた。

『先日から話題になっていたJR東日本のエイプリルフール企画の結果が発表されました。これはとある人のSuicaに一日だけ大金をつぎ込み、Suicaでの消費度合いを調べるというもので、たくさんの会社が協力していました。
 で、結果を見ますと……飲み物が10本、本とCDが少し、それから食事ですか……。額としては少し少ないですね』
『それだけ、Suicaが使える店という物が少ない、もしくはあったとしても認識がないのでしょう』
『そうですねえ。駅で少し使えるという程度しか頭にありません。私なら……そうですね。何に使ったらいいのでしょう? 全然思い浮かびませんね』
『もっと努力が必要という認識が数千円で確認できて良かったんじゃないでしょうか』
『そうですね。では、次のニュースです』

萃香が好きです。すいませんなんでもない。
posted by しょこ at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

給料

 給料、と言えば、今の時代、金が当たり前だ。現金ではなく銀行振込で、税金は引かれ年金も引き落とされる。けれどここの仕事はいつも、現金以外のモノが渡されるらしい。
 例えば食事。例えば物。例えば……生き物ってこともあるようだ。いつも日雇いのバイトとして一斉に募集をかける。前回行ったときは女性限定で、化粧品の試用会だった。アンケートに答えて、多分売れ残ったネックレスを配って、説明を聞いて、興味を持ったものを答えて。結局いくつかの化粧品をもらった。普通に働いた方がよかった。
 しかし、この企画に味を占めた企業がいたことは事実で、報酬に物を渡すアルバイトが増えた。米だったり、自社製品だったり、提携してるところの物だったり。働く方も必要なものだと捉えているのであれば、普通に人が集まった。
 しばらくすると会社づとめの人々にも、現金ではなく日用品や食糧を給料として渡すようになっていった。物を買う手間が省けると、物が与えられることを喜んだ。物物交換も盛んに行われた。

 そうなってからやっと、税金の収集が困難になり、これが国民全員の企みだと知った政府は、急いで物品を給料として渡すことを禁じたのだった。
posted by しょこ at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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