2012年08月10日

灰色の世界

 1年ぶりに会う彼女は、淡い水色のワンピースを着ていた。彼女の白い肌によく映えて、昔と変わらずにどこか幼く、可愛らしいままだった。
 私の顔を見るとすぐに、彼女は瞳を輝かせ、私の名前を呼びながら駆け寄ってくる。
「久しぶり。元気だった?」
 「うん」と小さく頷く。続く言葉が思いつかず、私は黙ってしまう。私の思いにも気付かず、彼女は私の着ているものに興味を示したようだった。
「このスカート、可愛いね」
 彼女は手触りを確かめるように細い指で私のスカートを摘む。
 そうして、それが当然であるかのように笑顔で私に尋ねる。
「ねえ、これ、何色?」続きを読む
posted by しょこ at 02:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月20日

Mythomania

 嘘吐きな君は、今日も僕を見て、笑う。
「ねえ、死ぬほど好き」
 触ったら溶けてしまいそうなほどの恍惚とした表情で、何度も何度も、呟く。
 
 彼女は嘘吐きだ。
 そりゃあもう、筋金入りと言っても過言ではないほどで、息をするように嘘をつく。にっこりと微笑んだかと思うと、グロスを綺麗に塗りたくった綺麗な唇をそっと開く。そこにはもう、嘘が広がっている。
「あのね、昨日可愛い雑貨屋さんを見つけたの」
「そう」
「ビーズの可愛いペンダントがあってね、どうしても欲しかったんだけど、手持ちがなくて……。泣く泣く我慢して帰ったの」
「そうだったのか。今度、一緒に買いに行こうな」
 僕がそう言ってやると、彼女は普通の女の子のように瞳を輝かせて笑った。
 嘘吐き。
 昨日、君は僕と一日中一緒にいたじゃないか。
 
 どう説明すればいいのかは、僕自身もよくわからない。容姿端麗な彼女は、初めて知り合った時から平気で嘘をつく娘だった。敵意のないあの笑顔は人を寄りつかせるもので、彼女は良く人の輪の中にいた。誰もが同じ制服を着ているはずなのに、彼女の姿だけは他とは違って見える。……そういう娘だった。うまく着こなしているという表現が正しいのかどうかはわからない。一人だけ何か違った雰囲気を、制服の上から纏っているように見えた。
 けれど、一人ずつ彼女の傍から離れて行った。「彼女は嘘吐きだ」という噂が、女の子たちを中心に広まって行く。最初は彼女の容姿に惹かれて残っている人もいたけれど、毎日続いて行く嘘に嫌気が差さない人なんていない。そうして誰もいなくなり、僕は彼女に声をかけた。
 彼女は、僕に笑いかけた。
 
 彼女の嘘にはパターンがある。彼女の決めたルールのようなものかもしれない。まず、人のことは言わない。あくまでも自分のことを言う。人が不利になったり、誰かの評判が下がるようなことは言わない。そして、どうでもいいことが多い。昨日、どこに行ったとか、誰から電話があって、とか。すぐに嘘だってわかりそうなものからそうでないものまでさまざま。
 中学の時に志望校を聞いたら、迷わず進学校の名前を上げた。
「周りはもっと上を目指してもいいって言ってくれてるんだけど」
 結局彼女は数ヵ月後、僕と同じ高校に入った。進学校とは程遠い、底辺に近いような高校だ。
「良かった、あなたと同じ高校にずっと行きたいって思ってたの」
 嘘吐き。
 
 彼女と一緒にいることの利点としては、話を真面目に聞かなくてもいいことだ。彼女が嘘吐きなのだから、必然的に僕もよく嘘をつく。僕は彼女の話を丁寧に聞いている振りをする。
 自分は何をしているんだろう、と良く思う。人と話しているのに、僕は話を聞いていなくて、彼女は一人で嘘を紡ぎ続ける。楽しさも感じない。ただ、一緒にいるだけ。
 いつからか、彼女は僕を好きだと言うようになった。何も言っていないけれど、付き合い始めたことになったらしい。かと思えば、時々友達に戻ったりする。
 嘘吐き。
 
 けれど、恋人同士だと彼女が言う時には……、僕は彼女とキスをして、肌を重ねる。触れ合って、名前を何度も呼んで。普通の、恋人みたいに。
 感じてくれている彼女の顔を見ていると、その時だけは「嘘吐き」とは言いたくないと、思う。
 
 一度だけ、彼女の家の前まで行ったことがある。住宅街にある古びた一軒家で、……なんというか、手入れがされていないような印象を受けた。ゴミ屋敷とは言わないけれど、全体的に汚れていて、少しだけ異臭がした。家の中からドタドタという大きな音が響いていた。同時に、ガラスの割れるような音が響いた。
「また明日ね」
 どう見ても普通の家じゃないって、普通の環境じゃないって、誰が見てもわかるのに。彼女はそう言って、笑った。
 もし彼女が「辛い」と言って、涙を流してくれたなら、僕は彼女を抱きしめて「守ってあげる」と言えたのに。
 僕は手を振った。
 嘘吐き。
 
 僕は彼女の嘘を許しているつもりはない。時が来たらきっと、僕は彼女を捨てるだろう。
 彼女は僕を引きとめない。
 泣きもしない。取り乱しもしない。
 少しだけ悲しそうな顔をして、僕を見て少し笑って。
 「バイバイ」って、きっと、そう言うんだと思う。
 そうして僕はきっとその時になって、今まで一度も言えなかった言葉を彼女に向けて言うんだ。
 
「嘘吐き」



みそまにあー
にゃんぱいあののーとに書いた小説です。
なので所々雑なのと、1ページに書ける文字数が少ないせいでとか書いておく。
posted by しょこ at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リボン

 それは伝染病のように。
 
 私の通っている女学園で、1週間前まで、髪にリボンを付けていた子はいなかったと思う。私の記憶している限りだけれど、校則違反にも近いようなイメージだった。
 けれど数日前から流行り始めて、今ではクラス中、いや全校生徒のほとんどが髪にリボンをつけている。昨日付けていなかった子も、何やら誰かと話をしていて、今日は付けてくることにしたらしい。
 髪の長い子は髪を結んでそこにリボンを付けて、短い子はカチューシャのように。色は自由らしくて、茶色とかえんじとかいろいろだった。紺の制服に似合うなら特に問題はないみたいだった。
 
 今ではその輪の中に加わっていないのは、私を含めて数人しかいない。これが流行というやつなのだろうかと、私は酷く辟易している。こういうものが私は嫌いだった。みんながみんな同じようなものを身につけ、手を伸ばし、それに染まろうとしない人間を排除するような風潮……実に馬鹿らしいと思う。一緒でなければいけないなどと誰が決めたのだろうか? 制服も一緒で、他の物も一緒にして?
 私はそんなもの信じない。そんなふうにはならない。独立した、孤高の存在でありたいのだ。だからこそ、誰も私に話しかけなくても、全く気にはならない。私は間違っていない。私がおかしいわけではない。私は今の自分に誇りを持っている。だから……
 だから……
 
  ◆
  
「間引いたの」
 間引くだなんて言葉は、久しぶりに聞いた。以前に聞いたのは、確かガーデニングをしてみようと思い立った時だったと思う。等間隔に草が並ぶように、必要のないものは引っこ抜いてやるのだ。
「適当に殺すだなんて、芸がないでしょう? だからね、噂を流したのよ。その日までに髪にリボンを付けていない子は、殺人鬼に殺されてしまうって」
 彼女は平然と言いのけた。汚れた手で、髪を後ろに払う。
「だから殺したの」
「それって、理由になってるの?」
 彼女との付き合いは長いけれど、彼女の考えは理解できないし、一生したくない。
「なってるわよ。大切に思われている人は、その話をするでしょう? 真偽はわからなくても、貴女に死んでほしくないのだと伝えるでしょう? 素敵よねぇ、幼いながらの青春って感じで」
「……じゃあ、貴女に殺されたのは」
「そう、誰にもそう思われていない人間。それから、信じようとしなかった、自殺志願者かしらね?」
 まあ、どうでもいいけど。
 彼女はそう言ってあくびをする。退屈そうに、私の方を見つめる。
 殺した癖に。人を、殺めた癖に。彼女はそれを反省したことなど一度もない。
「考えてみて。たくさんの人が後悔するの。『噂が本当だったなんて』『ああ、あのとき声をかけていれば』『私があの時声をかければ彼女は死ななかったのに……』……たくさんの感情が渦巻いて、罪悪感という酷い悲しみが押し寄せるの」
 彼女は恐ろしい人間だ。普通……いや、普通なんてわからないけれど、少なくとも私の想像では、人を殺す人間なんて、人の痛みをわからない欠陥製品か何かだと思っている。けれど彼女は違う。人が亡くなる痛みを知っている。胸が締め付けられるように苦しいであろうことを、想像して、理解して、わかって、殺す。
「私を殺したら、あなたの退屈はなくなるの?」
 私が尋ねたら、彼女は一瞬悩んでからにっこりと笑って見せた。
「一瞬は、楽しいと思うけどね。でも、一瞬じゃあしょうがないし」
「一瞬」
「そう。こうやって話していれば、貴女は一生そんな憎しみに満ちた表情で、私を見つめてくれるのに。そっちのほうが、ずっと楽しい」

 彼女はまたきっと、誰かを殺すのだろう。勝手な理由を勝手にでっち上げて、私の表情を歪めるためだけに。
 彼女を許せなくても、命すら握られている私は、ただ生かされているだけの私は。
 ただ、終わりを祈るのだ。続いて行く憎しみも感情も全部終わって、彼女が愉しみを感じることがなくなればいいと。それは人が人である限り、不可能なことなのかもしれない。私は人間らしい真っ直ぐな感情を抱くからこそ、生かされている。
 
 狭い部屋に、監禁されたままで。
 

きもちわるいはなし。
posted by しょこ at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月28日

レンタルビデオ

 返ってこない、ビデオがあった。
 
 レンタルビデオ店でアルバイトを始めてから、半年が経った。レンタルビデオ店といっても、全国チェーンの有名なところではなく、私が働いているのは深夜独身男性によく好かれるような、ええと、もう説明はいいかしら、そういうお店だった。自給が高く、何よりレジでは顔が見えないようになっているので、安心して勤めに出れる。
 私たちの仕事は普通のレンタルビデオショップと同じで、お客様が持ってきた商品をレジでチェックして、会計を行い、一週間で返却をお願いしますと言う。それだけだった。返ってきたビデオはすぐに並べず、閉店後に一斉に戻すので、お客様と接する機会はほとんどなかった。
 いや、一応、ある。昼間にだけにある仕事。それは、ビデオを延滞しているお客様に電話をすること。私は夜よりも昼間に入るほうが多かったから、その仕事を結構受け持った。昼間はあまり人が来ないので、お客様がいない時間を見計らって電話をした。
 私はリストの一番上を見る。また、この人だ。先週も先々週も、私が電話をした。借りパクしようとする人は電話にも出ないか、もしくは電話口で切れる人が多いのだけれど、この人だけは違った。「申し訳ありません、申し訳ありません」と何度も謝るので、私も「もう少し待ってあげよう」という気になってしまう。店長もそう考えたようだった。一応、と思って電話をしてみる。
「もしもし、○○様でしょうか?」
「はい……、そうです……」
 消え入りそうな声で男が返事をする。また、この声だ、と思った。
「○○○○ビデオの佐藤と申しますが、只今お時間大丈夫でしょうか?」
「申し訳、ありません……」
「あ、いえいえ、そういうわけではないんですけれど」
 早速謝られてしまったので、私は焦ってしまう。もう、この人のペースに乗せられている。この声も全て演技だとしたらと思うと、ぞっとする。
「当店で借りているビデオがありますよね? 延滞金のほうが少し高くついていると思うんですけれど、大丈夫ですか?」
「申し訳ありません。只今立て込んでおりまして……。必ずお返ししますので、もう少し待っていただけませんか……?」
「そうですか。わかりました。お忙しい中お電話差し上げて申し訳ありませんでした」
「いえ、本当に申し訳ありません……」
 最後まで沈んだ声で電話を切った。私ははあと溜息をついた。
 
 それから一週間ほど経った頃だった。お客様には似つかわしくない、中年の女性が店内に入ってきた。女性は真っ直ぐにレジまで向かい、レジにいた私にこう言った。
「少し込み入った話がありますの……。よろしいでしょうか?」
 私はすぐに訳ありだと思い、女性をお店の控え室のほうへ招きいれた。
 店長やバイト君たちがみんなタバコを吸うので、控え室は本当にタバコ臭い。女性が少しむせたので、私は「すみません」と頭を下げた。
「これ……」
 女性はうちのビデオ店の袋を鞄から出して、テーブルの上に置いた。私が中身を見ると、ビデオが一本入っていた。
「うちの息子が借りていたもので……お返しにきました」
 私は状況を察した。うちのお客さんが一人亡くなったのだ。「確認してきてもよろしいでしょうか?」と尋ねると女性はこくりと頷いた。ビデオをレジに通すと延滞料金と一緒にお客様情報が現れた。間違いない。私が何度も電話した、「申し訳ありません」の人だった。
 私は控え室に戻り、女性に頭を下げた。
「返却に来てくださり、ありがとうございました。それと……ご冥福をお祈りします」
 私がそう言うと、女性は少し目元を潤めた。そうか、あの人亡くなってしまったのかと思うと、私も目頭が熱くなった。
「先週お電話差し上げたときに、異変に気づけたら……」
「え……?」
 女性は怪訝そうな顔をして私を見た。私は何か可笑しなことを言ってしまったかもしれないと思い、必死でフォローする。
「い、いえ、先週、延滞のお電話を差し上げたときに……。何度も謝っていらっしゃって。今、立て込んでいると言っていたので、どうしたのかなあとは思っていたのですが……」
 女性は顔をしかめて、それからとても言いづらそうに、こう言った。
「息子は……ケータイを持ったまま、川に飛び込んだんです。一ヶ月前に」
 私は女性が何を言っているのか、一瞬理解できなかった。
 
 私は何度も壊れたケータイに電話をかけていたのだろうか。
 「申し訳ありません」という声が耳から離れない。


レンタルマギカじゃないよ。ホラーなんだろうか。
posted by しょこ at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月26日

同じ物

 私は施設で生まれました。母親と言うものは……いないのだと思います。いえ、なんと説明したらいいのでしょうか。私の卵子を体内で育て、この世に送り出したという点での母は居るでしょうし、卵子を提供した母も、精子を提供した父もいます。勿論、その二つを改造した科学者たちもたくさんいます。私たちに料理を与える人もいたし、一般的な躾を行う人もいました。その全てが、父で、母だけれど、どちらとも言えないのだと思います。
 施設にはたくさんの子どもたちがいました。私より年齢がもっと高い人もいたけれど……、ほとんどは6歳にも満たない子どもでした。私の年齢まで生き残る子は少ないのです。みんな、途中で死んでしまうから。
 私たちはみんな、同じ顔をしていました。私は途中まで、双子のように顔の同じな姉妹たちと暮らしながら、数年前の自分と数年後の自分を見ながら暮らしていたのです。名前はありませんでした。6歳になると模擬的な学校に通うために、名前が与えられましたが、それより前は……。つける意味がないのです。どうせほとんどが死んでしまうのですから。
 姉妹たちが死んでいくのを、私は何度も見てきました。何かの病気のように突然苦しみだす子もいるし、風邪で高熱がでて、そのまま死んでしまう子もいました。私たちは基本的に体が弱く、ほとんどの病原体に対して抗体がありませんでした。科学的に無理矢理作り出した抗体を科学者たちに体に植え付けられて、そのまま死んでしまう子もいました。主に、6歳に満たない妹たちです。死というものが蔓延していて、私たちはその全てに慣れていました。
 奇跡的に生き延びている……姉と、私は、実験的には成功例だとして、丁重に扱われました。人体実験をたくさんしてから、成功したものだけが私たちに与えられるし、妹たちとは全ての扱いが違います。このまま幾つまで生きるか、科学者たちは実験したいのでしょう。しかし、そううまくはいきませんでした。
 姉は……、与えられた名前はバネッサと言います。バネッサは体を病み始め、もう長くはなさそうなのです。私はバネッサに会いたくて、真夜中に彼女の部屋へと忍び込みました。
 姉は、私にうつろな目をそっと向けました。もう、驚くことすら出来ないようでした。
「こんなところ……来ては駄目よ……」
 消え入りそうな声で、彼女は言いました。私は彼女の手を取り、首を横に振りました。彼女は小さな声で呟きます。私は必死に彼女の声を聞き取ろうとします。
「死にそうな姉妹を見るのは……、苦しくはない?」
「……少し。もう、慣れてしまったから」
「そう……、私はずっと、苦しかったわ……」
 彼女の瞳から、涙が零れました。言語以上のことを誰かが教えたわけではないのに、私たちは感情を知っていました。
「いつだって、自分を見ているようだった……。数年前の自分を、数年後の自分を、見ているようだったわ。同じ顔だから……苦しみが全部移ってきそうだった……」
「バネッサ……」
 私の瞳からも、涙が零れてきました。こんな場所でこんな風に生まれなければ、知らなくて良かった悲しみを、私たちはたくさん知っていました。
 私たちは成功例なので、望めばそれなりにいろいろなものが手に入りました。音楽が聞きたいと言えばCDを、本が読みたいと言えば本を、木彫りの彫刻がしたいといえば、ナイフを。
「一緒に逝きましょう、バネッサ。私はこのまま貴女が病んでいくのを、一人で見たくないわ」
 私が取り出したナイフを見て、彼女は困惑したように視線を上下させて、それから私を真っ直ぐに見て。
 微笑んだのでした。
 
 血まみれになったベッドの上に二人の少女が横たわっていた。二人は年齢は違うものの、とてもよく似ていて、どちらも首筋にぱっくりと開いた傷跡があった。二人は寄り添うように抱き合って、その死に顔はとても穏やかだった。
 二人の死をたくさんの人たちが悲しんだ。それでもそれは、彼女たちの存在価値に対してだけで、彼女たちの性格や優しさを失くした人を嘆く人は、誰も居なかったと言う。
posted by しょこ at 13:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

生きてるなんてとても言えない

 理由なんてない。ほんとに。
 気がついたら左手が真っ赤だっただけで。
 
「どうするといいのかしら……」
 手首を切ったのは初めてだった。別に気持ち悪さは感じていない。自分が切りたくなったから切ったことに、どんな感情も感じられない自分が居た。自分の中に別の誰かが居て、その子が何かすることに対して、あたしは干渉しない。別に、なんでもいい。とりあえずは消毒して白い包帯を巻いてみたけれど、左手だけがなんとなく病的に見えた。
 ただ、季節くらいは考えて欲しかった。今は真夏なんだから、長袖で手首を隠すようなことなんてできない。「どうしたの」とよく知りもしない周りに聞かれるのはうざったい。なんとかして隠さないといけない。それだけが本当にめんどくさくて、あたしはとりあえずバスに乗って街まで出てきた。バスに揺られながら思った。ああ、リストバンドを買おう。それなら別に気にならない。あたしは運動だって少しはするんだし。左手だけだとあれだから、右手にもつければいい。
 あたしは良く行くショッピングモールの3階にある、雑貨屋さんに足を踏み入れた。いつも通り、何を買いに来たのか忘れて、エクステやアクセに目を奪われる。そういやこういうの欲しいな、なんて思いながら一角にリストバンド売り場を見つけた。あたしの手首が本来の目的を教える。
 売り場の近くにもう一人、少女が立っていて、その子も熱心にリストバンドを見てる。髪はストレートで長くて真っ黒で、服は少しだけパンク系に見えた。髪の短いあたしと、よく似てるかもしれない。あたしはもうちょっと男っぽくて、彼女よりも洒落っ気がなさそうだけど。
「あ」
 つい、声が漏れた。彼女が怪訝そうな顔で振り向く。理由は簡単。見えたから。彼女の手首。
 彼女はあたしのつま先から頭のてっぺんまでじっと見て、それから視線をあたしの手首に移した。
「あ」
 思うことは一緒だった。
 
 丁度その雑貨屋の隣は全国チェーン店系列のパスタ屋になっていて、彼女は黙ってあたしをそこに連れていった。連れていったっていう表現が正しいのかは知らない。視線であたしを呼んで、振り返って、頷いた。彼女は店員に二人だと告げ、指示された席に私たちは座った。店内は広くて、喫煙席と禁煙席も分かれていて、ついでにお客さんも少なかった。窓からは駅とペデストリアンデッキが一望できて、それがポストカードか何かみたいに綺麗だった。
「ドリンクバー、二つ」
 彼女は綺麗な声でそう言って、店員が繰り返す言葉にも何の反応も示さなかった。それから退屈そうにくるくると毛先で遊び始める。あたしはどうしたらいいのかわからず、背筋を伸ばしてしゃんとしていた。
「ねえ、なんで切ったの?」
 彼女は手を止めて真っ直ぐにあたしを見た。頬杖はついたままだった。
「え、知らない」
「知らないのか。そうか」
 彼女はそう言ってまたくるくると毛先をいじって、もう一度真っ直ぐにあたしを見た。
「な、何?」
「精神に異常をきたしてる人には見えないなって。夢遊病?」
「それは違う。そういうことじゃない」
 そう、と答えた。彼女は本当に、あたしに興味がなさそうだ。自分で連れてきたくせに。少しだけ、むっとした。
「切りたくなったから切っただけよ」あたしは冷たく言い放った。「それだけ」
「どうして切りたくなったの?」
「知らないわよ」
「自分なのに」
「自分のことなんて、知ってどうするの? 気持ち悪い」
 言った。つい言ってしまった。本心。自分なんて、知らない。自分探しなんて、知らない。なにそれ。何だっていい。状況に流されて、生きてく。それが一番、楽。
「幸せなのね」
 彼女は初めて笑った。綺麗な笑顔だった。笑いなれた人の顔だ、と思った。あたしは対抗して笑ってみせる。「うん」と頷く。
「あたしもね、すごい幸せ」彼女は頬杖を突きながら言った。「努力しなくても周りに誰かが居て、何かしたわけじゃないけど友情があって、あたしは生きてるだけなのにあたしのこと好きだって言う人がいるのよ」
「ふうん、すごい幸せだね」
「うん」
 あたしたちはよく似ている。今の状況に、何の不満もないこと。不満を持たないこと。幸せだとわかっていること。
「でもね、時々その全部が大嫌いになるの。うざいなあって感じるの。ああ、でも誰にも言わないよ。口にも出さないし、そんなに悩むわけじゃないの。でもね、なんか笑っちゃうの。全部が全部、馬鹿らしいなあって。そういうときなぁい?」
「ないよ」
「あるでしょ。わかるよ」
「あるかもしれないけど、あたしはそんなあたしのことは知らないし知りたくないから、あたしじゃない」
「ほら、一緒」
「一緒じゃないよ」
「一緒だよ」
「そう」
 鏡を見ているのかもしれない。あれは汚いあたし? 違う。あたしはあんなに綺麗じゃない。うそ、あたしなんていない。
 彼女を見てるとイライラする。この場所にあたしが手首を切ったカッターがあったら、あたしは彼女を刺すだろう。
 彼女が居なければ。
 手首を切るだけ?
 乱される。壊されそう。怖い。彼女がどこか愛しくて、彼女をただ殺したい。

 結局二人でコーヒーを一杯ずつ飲んで、その店を後にした。二人でリストバンド売り場へ向かう。あたしは逃げなかった。
「ね。お互いに選ぼうよ」
 あたしは頷かなかった。彼女も何も言わずに選び始める。黒いまっすぐな髪が映った。その髪に触れてずっと撫でていたかったし、引っ張って引き裂いてやりたかった。
「どうして」
 勝手に声が漏れていた。あたしじゃないあたしの声だと思った。彼女はそっと振り向いた。
「もう2度と、会わない記念だから」
「会わないの?」
 あたしじゃないあたしは。彼女に好意を寄せていたらしい。
「世界には自分に似た人が3人居て、その人に会うと死んじゃうのよ」
「似てないよ。似てない」
 長い髪も、笑顔も、容姿も。瞳も、鼻も、眉も、手も、胸も。きっと、内臓も。心臓も。鼓動の音も。
「似すぎだよ。精神が」
 精神なんて、見えないじゃない、とあたしは言えなかった。
「じゃあ、今日は? 今、会ってるじゃない」
「今日は特別」彼女は笑って、自分の手首を指差した。「ほら、今日は二人とも死んでるから」
 明日になったら、あたしたちは生き返る。それぞれの場所で、周りの人々に笑顔を振りまくだろう。彼女はあたしじゃない誰かに。あたしは彼女じゃない誰かに。 
 あたしは黙って、黒に薔薇の模様が入ったリストバンドを選んだ。彼女はそれを見て「私、ロリータじゃないんだけどな」と苦笑いする。
 彼女は黄色のサイドに黒のラインが入ったリストバンドを選んだ。「工事現場みたい」と言うと「実際工事中じゃない」と言って笑った。
 真ん中に大きく髑髏が描かれている。左手が彼女で、右手があたしだと思った。
 生きてるなんて、とても、言えない。
 
 手は振らなかった。彼女の後姿を見つめたら、なぜか涙が零れそうになった。
 手元に残された、リストバンド。あたしはそれをつけて生き返るだろう。
 そうしてきっとあたしは、これから定期的に、左手に住む彼女を殺し続けるのだ。
 
*
似てる 似てない 似てる
変な話。
posted by しょこ at 12:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月14日

それでね

「それでね?」
 俺の幼馴染、小原七瀬は昔から会話の時に人に気をつかえない。
 突然話を変えるし、自分が興味がない話題の時は「ふぅん」で済ませる。それから、偶然同時に言葉を発してしまったときに自分から言葉をつぐむとか、「先に言っていいよ」と促すことなど到底できない。
 それは彼女が俺の「幼馴染」から俺の「恋人」になっても変わることはなかった。

「それでね、昨日思ったんだけど、「不信のとき」の男共はあまりにキモ過ぎると思うのよ。ああ、俳優は嫌いじゃないよ。台詞とか態度とかね」
 彼女は何の前触れもなくそんなことを言い出した。つい数十秒前まで、二人で今日何の映画を見るか話していた気がする。確か彼女は「デスノート、つまらないって評判だけど藤原竜也は見たいのよね」と映画館の入り口に貼ってあるポスターを見つめながら言った。
 そのあとが「不信のとき」だ。共通点がなさすぎる。
「あれは男共が刺し殺されてハッピーエンドじゃないかって思うの」
 真っ白なワンピースを着て、虫も殺せないようなかわいい顔をしながらえげつないことを言う。猫のように丸い瞳を歪めて、茶色く染めた猫っ毛の髪をくるくると指でいじっていた。
「刺し殺すって、米倉涼子がか?」
「そう」
「それはあまりに可哀想だろ」
 実際、あまりに哀れすぎると思う。俺も昨日家で見ていたが(姉と共に)、なんだか可哀想だった。
「でも、キモイよね」
 七瀬はその一言ですべてを集約させる。これ以上言っても意味ないと思い、俺はポスターのほうに視線を戻した。
「ゲド戦記もつまらないらしいね」彼女はまた映画の方に戻った。「公開前からつまらないって評判なのも珍しいよね」
 ゲド戦記の公開は明日からなので「どれだけつまらないか見よう!」という選択肢はなしだ。
「やっぱりハチクロかブレイブストーリーかラブコンだなぁ」と彼女が言いかけたとき、入り口の方から二人の少女がやってきた。
 二人は近くの私立高校の制服を着ていた。そのうち一人は絶世の美少女で、真っ黒なストレートの髪が背中を覆っている。まつげが長く、実に整った顔立ちをしていた。もう一人は肩より少し長いふわふわ髪に、大人っぽく可愛らしい顔立ちをしている。思わず目を奪われてしまった

「うんっ、じゃあ今日はハチクロに・・・・・・」
 彼女がそう言いかけて、俺はすぐに彼女のほうを向いた。やばい、とすぐに思った。
「ハチクロって面白いのか?」
 俺の言葉に彼女は「うん」と即答し、ぎゅっと俺の手をとってまっすぐに前を向いて歩き出した。掴む手の力は強く、少し早足だった。
「今、女の子二人を見てたよね?」
「見てないよ」
「見てたよね?」
「見てないよ」
「見てたでしょ?」
「…見てました」
 白状してそう言うと、彼女は足を止めずにぎゅっと手に力を入れた。彼女の握力はたかがしれてるから痛くはないけれど、彼女の感情が流れ込んできて痛かった。
「ごめん」
 なんとか3文字だけ言葉を紡ぎだすと、彼女は足を止めた。
「仕方ないよねっ。すっごい可愛かったもんねっ。あたし可愛くないし、性格悪いし、仕方ないよね」
「七瀬」
 少しだけ強い口調で彼女の名前を呼んだ。少しだけ震えている肩が痛々しかった。
「そんなことないよ」
 肩の震えが止まった。強く握っていた手の力が抜けていく。
「あたしだけ見て」
 七瀬は小さな声でそう言った。俺は彼女の顔を覗き込む。不安に満ちたその瞳の中に俺の姿が映っている。
「あたしだけ、見て」
「うん」
 そっと彼女の髪に触れた。くすぐったそうに笑って、それから少し寄りかかるように手を繋ぐ。
「それでね、昨日セブンで新商品見つけてぇ」
 そうしてまたいつもの調子で、彼女はまったく違う話題を切り出した。
「セブンで?」
「うん。まあそれはいいや」
 いつものように自分勝手にまた話題を変える。
 彼女は真っ直ぐだから、思っていることをはっきり言う。誰の前でも嘘をつかないからきっと生きづらいだろう。
 不安が込み上げて、それでも信じて思いをかくさない。
「それでね」
「うん?」
「キスして?」
 人目につく場所だから少し恥ずかしかったけど、俺は盗むようにさっと彼女の唇にキスをして、それから何もなかったかのように歩いた。
 少しだけ強く繋いだ手を愛しく思った。

  *
お友達の珠君が女子高生幼馴染萌えらしくて
その話題で盛り上がっていたら書きたくなりました。
こんなんでどうでしょう。

最初はキスシーンなしでしたが、
「タイトルとキーワードである「それでね」を活かして
「それでね?今キスしてほしいな。」
みたいな文章があったらオレは死んでもいい。
まあ、何様のつもりだ、オレ。
面白かったですよ。しょこ先生の次回作を期待しておりますw 」

なんて言われたら書き換えるしかない。
posted by しょこ at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

毒女

 どこでその話を聞いたのか、もしくは読んだのか、私はもう覚えてはいない。ただ、心の中にずっと残って消えない話がある。私はそれを勝手に「毒女の話」と呼んでいた。

 話自体は単純で、短い。ある女性が娘が生まれたときからずっとトリカブト入りの食事を取らせ続けるのだ。致死量に満たないほど、少しずつ。そうして娘はその毒に慣れていく。女性は量を増やしていく。
 そうして娘の体には毒が蓄積し、いつしか皮膚や血にまで毒のしみこんだ「毒女」となったのだ。

 私はこの話を詳しくは知らない。知りたいとも思わないし、なんて検索をかけて調べたらいいのかもわからない。科学的に毒が体に蓄積することなんてありえるのか、毒女の存在は確かなのか、フィクションなのか実話なのかすらわからない。

 また、私にはわからない。どうしてその女性が娘を毒女にしたかも、それで何をしたかったのかも。ただ、植木鉢を眺めるたびに思うのだ。

 そこに毒があって、誰かを毒女にすることを思い立ったら、きっと誰だってそれをしたくなる。

 私は植木鉢に植えられたトリカブトの葉を一枚毟り取って口の中に押し込んだ。葉の苦味が口の中いっぱいに広がっていく。
 
 近くの山でトリカブトの苗を見つけたのはもう二年も前のことだ。辞典で何度も確かめたあと、心が弾んだ。いつ聞いたのかわからない話、近所で手に入るトリカブト。

 『きっとこれは運命なのだ』と。

 幸せを放棄した私は時々山に向かい、苗を手に入れてくる。いつか世界が私の存在に気づいたとき、その瞬間が見たい。私はそのあとどうなるのだろうか。わからない。

 廊下がきしむ音が聞こえた。部屋にノックの音が響く。

「お姉ちゃん、いる? ごはんだって」

 妹のソプラノ声がドア越しに聞こえてくる。私は「今行く」と明るく返事をしてから「夕飯、なんだって?」と聞いてみた。

「マーボー豆腐」と妹が答える声を聞きながら、私は部屋の電気を消す。真っ暗闇の中、そっと瞳を閉じる。

 私の日常はまだ壊れない。
posted by しょこ at 12:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。