2013年01月05日

ぐつぐつ

ぐつぐつ、ぐつぐつ。
私は頑張って、お料理を作ります。

私がお兄ちゃんのことを、ちゃんと異性として好きなのだと気付いたのは、6年ほど前のことです。
その時、私はお兄ちゃんとお母さんと、3人で暮らしていました。
お母さんが居なくなったのは、4年ほど前のことでした。
お兄ちゃんは目に涙を溜めながら、「辛いけど2人で頑張って行こう」と言ってくれました。
あの時のお兄ちゃんは本当にかっこよかったです。
お兄ちゃんには内緒ですが、お母さんは庭にある、梅の木の下に居ます。

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2012年08月10日

灰色の世界

 1年ぶりに会う彼女は、淡い水色のワンピースを着ていた。彼女の白い肌によく映えて、昔と変わらずにどこか幼く、可愛らしいままだった。
 私の顔を見るとすぐに、彼女は瞳を輝かせ、私の名前を呼びながら駆け寄ってくる。
「久しぶり。元気だった?」
 「うん」と小さく頷く。続く言葉が思いつかず、私は黙ってしまう。私の思いにも気付かず、彼女は私の着ているものに興味を示したようだった。
「このスカート、可愛いね」
 彼女は手触りを確かめるように細い指で私のスカートを摘む。
 そうして、それが当然であるかのように笑顔で私に尋ねる。
「ねえ、これ、何色?」続きを読む
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2011年11月01日

指切り

「いち、にぃ、さん……し……」
 彼女はにこにこ笑いながら、大切なコレクションの数を数えている。彼女の外見は、お洒落に常に気を遣っている年頃の女の子そのもので、普通なら何か可愛いコレクションでも集めていそうな顔で。
 それを、
 数えている。

 この街で不可解な事件が起き始めたのは、4カ月程前のことだ。28歳サラリーマンの男性が会社からの帰りに何者かに襲われた。彼は眠らされており、目を覚ますと、彼は両手の小指を失っていたと言うのだ。命に別状はなく、本当に、小指以外には傷一つなかったらしい。
 それからも同じ事件はたびたび起こり、警察は目下犯人を捜索中だ。最近では警察の無能さを咎める声も出ている。
 小指を切り落とすという行為から、指を詰めるという儀式が連想された。私も、被害者は皆、実はそういう関係の人たちと繋がっており、……まあ、そういうことなのかもしれないなどと、ニュースを見ながら思っていた。
 彼女に話を打ち明けられるまでは。

 彼女は小指を数えている。切り落とされた両の小指。年齢は10代後半から最年長は50過ぎだったと思う。その小さな指を彼女はガラスのケースに防腐剤と一緒に詰める。そうして、うっとりとした瞳でそれを眺め続ける。まるで宝石みたいに。
「どうしてなの」
 私は大切な友達だと思っていた少女からそんな話をされて、すぐにその疑問を口にした。
「小指がなければ、指切りが出来ないでしょう?」彼女はそれがさも当然であるかのように笑った。「指切りが出来なければ、誰とも約束出来ないの。そうすれば、守れない約束に誰かが傷付くこと、ないでしょう?」
 わかるようで、わからなくて、怒りとも、悲しみとも違う感情が沸き上がってきた。それでも、私は彼女といることを選んだ。

 彼女は小指を集めている。けれど、犯人は決して、彼女ではない。犯行時間と思われる時間、彼女は学校におり、もしくは私と一緒にいたのだから。
 大の大人が襲われ、小指を切り落とされ、そうして犯人はまだ見つかっていない……。小指を持っているのは彼女だけれど、犯行は別の人間……、それも、一人とは限らない。
 彼女は「小指がなければ約束できない」と言った。約束がなければ、傷つかなかった人がいる? 彼女は小さな罪人の、小指を集めている?
 何か大きな組織があって、何か大きな理由があるのかもしれない。私が聞くことなど出来ないけれど。

 帰宅の時間が近付いてくる。私の小指は、まだある。帰り際になると、彼女は少しだけ寂しそうな顔をする。
「また明日ね」
 私が言うと、彼女は嬉しそうに微笑んでみせる。
 私はまだある指で、彼女と今日も、「指切り」をするのだ。
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2011年05月20日

Mythomania

 嘘吐きな君は、今日も僕を見て、笑う。
「ねえ、死ぬほど好き」
 触ったら溶けてしまいそうなほどの恍惚とした表情で、何度も何度も、呟く。
 
 彼女は嘘吐きだ。
 そりゃあもう、筋金入りと言っても過言ではないほどで、息をするように嘘をつく。にっこりと微笑んだかと思うと、グロスを綺麗に塗りたくった綺麗な唇をそっと開く。そこにはもう、嘘が広がっている。
「あのね、昨日可愛い雑貨屋さんを見つけたの」
「そう」
「ビーズの可愛いペンダントがあってね、どうしても欲しかったんだけど、手持ちがなくて……。泣く泣く我慢して帰ったの」
「そうだったのか。今度、一緒に買いに行こうな」
 僕がそう言ってやると、彼女は普通の女の子のように瞳を輝かせて笑った。
 嘘吐き。
 昨日、君は僕と一日中一緒にいたじゃないか。
 
 どう説明すればいいのかは、僕自身もよくわからない。容姿端麗な彼女は、初めて知り合った時から平気で嘘をつく娘だった。敵意のないあの笑顔は人を寄りつかせるもので、彼女は良く人の輪の中にいた。誰もが同じ制服を着ているはずなのに、彼女の姿だけは他とは違って見える。……そういう娘だった。うまく着こなしているという表現が正しいのかどうかはわからない。一人だけ何か違った雰囲気を、制服の上から纏っているように見えた。
 けれど、一人ずつ彼女の傍から離れて行った。「彼女は嘘吐きだ」という噂が、女の子たちを中心に広まって行く。最初は彼女の容姿に惹かれて残っている人もいたけれど、毎日続いて行く嘘に嫌気が差さない人なんていない。そうして誰もいなくなり、僕は彼女に声をかけた。
 彼女は、僕に笑いかけた。
 
 彼女の嘘にはパターンがある。彼女の決めたルールのようなものかもしれない。まず、人のことは言わない。あくまでも自分のことを言う。人が不利になったり、誰かの評判が下がるようなことは言わない。そして、どうでもいいことが多い。昨日、どこに行ったとか、誰から電話があって、とか。すぐに嘘だってわかりそうなものからそうでないものまでさまざま。
 中学の時に志望校を聞いたら、迷わず進学校の名前を上げた。
「周りはもっと上を目指してもいいって言ってくれてるんだけど」
 結局彼女は数ヵ月後、僕と同じ高校に入った。進学校とは程遠い、底辺に近いような高校だ。
「良かった、あなたと同じ高校にずっと行きたいって思ってたの」
 嘘吐き。
 
 彼女と一緒にいることの利点としては、話を真面目に聞かなくてもいいことだ。彼女が嘘吐きなのだから、必然的に僕もよく嘘をつく。僕は彼女の話を丁寧に聞いている振りをする。
 自分は何をしているんだろう、と良く思う。人と話しているのに、僕は話を聞いていなくて、彼女は一人で嘘を紡ぎ続ける。楽しさも感じない。ただ、一緒にいるだけ。
 いつからか、彼女は僕を好きだと言うようになった。何も言っていないけれど、付き合い始めたことになったらしい。かと思えば、時々友達に戻ったりする。
 嘘吐き。
 
 けれど、恋人同士だと彼女が言う時には……、僕は彼女とキスをして、肌を重ねる。触れ合って、名前を何度も呼んで。普通の、恋人みたいに。
 感じてくれている彼女の顔を見ていると、その時だけは「嘘吐き」とは言いたくないと、思う。
 
 一度だけ、彼女の家の前まで行ったことがある。住宅街にある古びた一軒家で、……なんというか、手入れがされていないような印象を受けた。ゴミ屋敷とは言わないけれど、全体的に汚れていて、少しだけ異臭がした。家の中からドタドタという大きな音が響いていた。同時に、ガラスの割れるような音が響いた。
「また明日ね」
 どう見ても普通の家じゃないって、普通の環境じゃないって、誰が見てもわかるのに。彼女はそう言って、笑った。
 もし彼女が「辛い」と言って、涙を流してくれたなら、僕は彼女を抱きしめて「守ってあげる」と言えたのに。
 僕は手を振った。
 嘘吐き。
 
 僕は彼女の嘘を許しているつもりはない。時が来たらきっと、僕は彼女を捨てるだろう。
 彼女は僕を引きとめない。
 泣きもしない。取り乱しもしない。
 少しだけ悲しそうな顔をして、僕を見て少し笑って。
 「バイバイ」って、きっと、そう言うんだと思う。
 そうして僕はきっとその時になって、今まで一度も言えなかった言葉を彼女に向けて言うんだ。
 
「嘘吐き」



みそまにあー
にゃんぱいあののーとに書いた小説です。
なので所々雑なのと、1ページに書ける文字数が少ないせいでとか書いておく。
posted by しょこ at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リボン

 それは伝染病のように。
 
 私の通っている女学園で、1週間前まで、髪にリボンを付けていた子はいなかったと思う。私の記憶している限りだけれど、校則違反にも近いようなイメージだった。
 けれど数日前から流行り始めて、今ではクラス中、いや全校生徒のほとんどが髪にリボンをつけている。昨日付けていなかった子も、何やら誰かと話をしていて、今日は付けてくることにしたらしい。
 髪の長い子は髪を結んでそこにリボンを付けて、短い子はカチューシャのように。色は自由らしくて、茶色とかえんじとかいろいろだった。紺の制服に似合うなら特に問題はないみたいだった。
 
 今ではその輪の中に加わっていないのは、私を含めて数人しかいない。これが流行というやつなのだろうかと、私は酷く辟易している。こういうものが私は嫌いだった。みんながみんな同じようなものを身につけ、手を伸ばし、それに染まろうとしない人間を排除するような風潮……実に馬鹿らしいと思う。一緒でなければいけないなどと誰が決めたのだろうか? 制服も一緒で、他の物も一緒にして?
 私はそんなもの信じない。そんなふうにはならない。独立した、孤高の存在でありたいのだ。だからこそ、誰も私に話しかけなくても、全く気にはならない。私は間違っていない。私がおかしいわけではない。私は今の自分に誇りを持っている。だから……
 だから……
 
  ◆
  
「間引いたの」
 間引くだなんて言葉は、久しぶりに聞いた。以前に聞いたのは、確かガーデニングをしてみようと思い立った時だったと思う。等間隔に草が並ぶように、必要のないものは引っこ抜いてやるのだ。
「適当に殺すだなんて、芸がないでしょう? だからね、噂を流したのよ。その日までに髪にリボンを付けていない子は、殺人鬼に殺されてしまうって」
 彼女は平然と言いのけた。汚れた手で、髪を後ろに払う。
「だから殺したの」
「それって、理由になってるの?」
 彼女との付き合いは長いけれど、彼女の考えは理解できないし、一生したくない。
「なってるわよ。大切に思われている人は、その話をするでしょう? 真偽はわからなくても、貴女に死んでほしくないのだと伝えるでしょう? 素敵よねぇ、幼いながらの青春って感じで」
「……じゃあ、貴女に殺されたのは」
「そう、誰にもそう思われていない人間。それから、信じようとしなかった、自殺志願者かしらね?」
 まあ、どうでもいいけど。
 彼女はそう言ってあくびをする。退屈そうに、私の方を見つめる。
 殺した癖に。人を、殺めた癖に。彼女はそれを反省したことなど一度もない。
「考えてみて。たくさんの人が後悔するの。『噂が本当だったなんて』『ああ、あのとき声をかけていれば』『私があの時声をかければ彼女は死ななかったのに……』……たくさんの感情が渦巻いて、罪悪感という酷い悲しみが押し寄せるの」
 彼女は恐ろしい人間だ。普通……いや、普通なんてわからないけれど、少なくとも私の想像では、人を殺す人間なんて、人の痛みをわからない欠陥製品か何かだと思っている。けれど彼女は違う。人が亡くなる痛みを知っている。胸が締め付けられるように苦しいであろうことを、想像して、理解して、わかって、殺す。
「私を殺したら、あなたの退屈はなくなるの?」
 私が尋ねたら、彼女は一瞬悩んでからにっこりと笑って見せた。
「一瞬は、楽しいと思うけどね。でも、一瞬じゃあしょうがないし」
「一瞬」
「そう。こうやって話していれば、貴女は一生そんな憎しみに満ちた表情で、私を見つめてくれるのに。そっちのほうが、ずっと楽しい」

 彼女はまたきっと、誰かを殺すのだろう。勝手な理由を勝手にでっち上げて、私の表情を歪めるためだけに。
 彼女を許せなくても、命すら握られている私は、ただ生かされているだけの私は。
 ただ、終わりを祈るのだ。続いて行く憎しみも感情も全部終わって、彼女が愉しみを感じることがなくなればいいと。それは人が人である限り、不可能なことなのかもしれない。私は人間らしい真っ直ぐな感情を抱くからこそ、生かされている。
 
 狭い部屋に、監禁されたままで。
 

きもちわるいはなし。
posted by しょこ at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マイク

「あー、それでなんだっけ? 前にも言ったよね、そんなこと」
 彼女の声がアンプから聞こえてくる。1日に数時間、彼女と話をするのが今でも日課になっていた。そうして彼女は1日に1回、その事実を忘れるなとでも言うように、笑いながら言う。
「あたしが、死ぬ前に」

 彼女とはバンド仲間だった。彼女がボーカル、俺はギターで、計5人のバンド編成。基本的に仲良くはやれていたと思う。俺があんまりみんなのプライベートに、口出ししないようにしてたから知らなかっただけなのだけれど。
 まぁ言ってしまえば、男女比率が良くなかったのだろう。彼女以外はみんな男だった。俺はそのことをなんとも思ったことはなかったけれど、みんなはそうじゃなかった。それだけの話だった。
 
 彼女の声は美しかった。天使の声とか言う人もいたけど、俺は悪魔の声だと思ってる。もしくは堕天使。それくらい、美しすぎて気持ちが悪いくらいに、美しかった。恐ろしい声だと、思った。
 俺たちのバンドは彼女が居たから成り立っていたに過ぎない。ファンの人たちもみんな彼女目当てで来ていたし、彼女だけならもっと早くプロの世界に行けたのだと思う。俺たちは彼女の力に支えられていた。いや……
 俺以外のメンバーはみんな、彼女の虜だったのだ。
 
「まぁ、仕方ない。あたしが悪いわよね。君以外のみんなと、そりゃあもう公平に1回ずつ付き合ったら。刺し殺されても仕方ないっていうか」
 バンドの練習が険悪になって。その日に彼女はマイクの前で歌いながら死んだ。犯人はベースの男で、彼女の唄や声に、一番釘付けになっていた奴だ。歌っている姿のまま、一番輝いている姿のまま、彼女は止まって、終わった。
 彼女の愛用のマイクは血まみれになって、普通にはもう使えない。彼女と付き合った連中がそれを引き取るのもあれで、仕方ないから俺が引き取った。
 その日から家で若干の怪奇現象が起こって……、いや、起こった気がして。ああでも、もうこうなってしまった以上認めるしかないか……。彼女が、起こしたのだと思う。コップが割れたのも、ギターケースの鍵が突然開いたのも。マイクの鳴るようなキーンという音が、頭に響いて消えなくなったのも。
 気持ち悪くなって、俺は家のミキサーに繋いで、そのマイクの故障具合を確かめてみた。次に引き取る人には申し訳ないけど、「使える」と言って売り払ってしまいたかったのだ。
 そうしたらまぁ。
 喋ったんだけど。
 
「いやもう、ほんと邪魔なんで、なんとかなりませんかね」
「酷いなぁ。こんなに若くて可愛い子と同棲してるっていうのに」
「同棲じゃねぇよ。声だけだし」
「まだ、歌えるもの」彼女はそう言って笑うように言った。「まだ歌えるもの。そうしたら、生きてるのも死んでるのも変わらないじゃない?」
 彼女はそう言って、毎日俺に向かって一曲歌う。魅せるようなその声は、生前から変わらない。息をするその音まで、全て、そのまま。
 きっと、この声がみんなを狂わせたんだ。
 狂気に落ちる歌。人の心をもてあそぶような、悪い魔法のような歌。

 こういう状況になってから一度だけ彼女の声を録音してみたことがある。そこには、美しすぎるあの声が綺麗に残っていた。生きていたころよりもずっと、艶を増して。俺はその事実を彼女に伝えずにいる。ばれてしまったら、彼女の欲望は抑えきれないままに溢れだしてしまうだろうから。
 こんな声を、もう誰にも聞かせるわけにはいかない。
 
 彼女を閉じ込めて、毎日少しだけ会話をして。
 
 心のどこかでずっと求めていた彼女を、俺は手に入れてしまったのかもしれない。



お題「マイク」で書きました。
地震後、超病んでて、
「私こんな狂ったような作品ばっかり書いてていいんだろうか」と
何十回も何百回も悩んだ挙句、
「あー、私こういうの書いて行くしかないんだなぁ」と思わされた短編です。
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2009年05月04日

めんどくさい男

 彼は、律儀な男だった。いかにもA型といった感じで、優しくて、かっこよくて……。女友人の恋人たちはみんな、彼氏が雑だとかプレゼントをくれないだとかで悩んでいるけれど、彼は違った。付き合った記念日も、誕生日も、クリスマスも……。一度も忘れたことはなかった。私はそんな彼が大好きだった。
 けれど、彼を昔から知る人たちは口々に、「彼と1年以上付き合うのは無理だ」と言う。私が「どうして」と尋ねると、みんな口を噤んでしまう。「彼は優しくて素敵な人よ」というと、「そうだろうね」と言って苦笑いする。そうして半年のお祝いも、一年のお祝いも迎えた。
 おかしいなと思ったのは、本当に1年過ぎたころだった。その頃から、彼は少しずつイライラするようになっていった。
「ねえ、君は今日何の日か覚えてないの?」
 そんなふうに私に何度も尋ね始めた。一年の記念日も終わったし、誕生日も違う。私は何度も首を傾げた。
 そうして、彼は遂に私に対して怒りを露にした。
「どうして君は何も覚えていないんだ!?」
「だから……なんのこと? 何の日だって言うの?」
「決まってるじゃないか、今日は! 付き合い始めて初めて君と長電話した日だよ!」
 
 彼と別れてから、彼の知り合いと会うことがあった。私が別れたという話をすると、彼は「そうだろうなあ」と苦笑いをした。
「言っていいことかどうかわからないが……。あいつに恋人ができたらしい」
 そうですか、と言って笑った。未練は少しもなかった。
「その女性……、自分が今過ごしてる全てのことが記念日になってることに、気付かずに生きるんですね」
 そうだろうなあと言って笑った。
posted by しょこ at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

(゚U。)

 変な顔文字が流行り始めた。上下にななめった目に、大きな口。これがどんな感情を表しているのか、俺は知らない。ただ、ここ最近この顔文字だけがぽんと書かれたメールがよく届くのだ。
 顔文字のほかには何の文章も書いておらず、しかもあまり接点のない人間ばかりから届く。俺はいつも対処に困って、そのまま返信もせず放置していた。
 ある日、ここ数年連絡を取っていない友達に連絡をしなければならない用事が出来た。そいつは以前にその顔文字を送ってきたのが最後だった。メールを送ってみると、すぐにエラーメールが返ってきた。電話も、繋がらなかった。
 俺はその変な顔文字を送ってきた他のメンバーにもメールを送ってみた。次々とエラーメールが舞いこんでくる。どういうことだ!? 俺は怖くなって必死に電話をかけたが、どうしても繋がらなかった。
 みんな、どうなってしまったのだろうか。あの顔文字は失踪するっていうサインだったのか? 俺にはもうそれすらもわからない。

「ね、なんか変な絵文字送られてきたんだけど。なにこれ。キモい顔ー」
「なに? どういうの?」
「(゚U。)」
「えー、これ、今超有名だよ!」
「え。なにそれ」
「メアドとか番号とか変えたとき全員に送るのめんどいじゃん。電話帳とかすぐ増えるし」
「うん」
「そんで、もう消してもいいかなって人に(゚U。)って送るの。返信がなかったら、消していいってこと」
「まぢで。どうしようー。こいつ消していいかなー?」
「消しちゃえ消しちゃえ」
「まあいっかー。削除っと。あたしも何人かに送ろうかな。……送っていい?」
「いいけど、返信しないよ?」

*
淡白な社会になりました。
posted by しょこ at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月29日

手すり

 高齢化社会が深刻化してきた。4人に1人がお年寄りになると、年金が大変しか考えてこなかった私たちは、別な理由にぞっとし始めた。高齢者の意見の強さだ。
 バリアフリーという言葉が叫ばれ始めて早10年以上が経つ。ついに、全場所への手すりの設置が義務付けられた。歩道に手すりがないなんて危ない、ということらしい。私の職場も例外ではなかった。仕事場なのだから、高齢者がいないのは当たり前だというのに、義務だといわれていろんなところに手すりをつけられた。棚の前、扉の近く。遂には細い廊下にまで。私たちは手すりに苦労しながら暮らすことになった。
 誰もが苦痛を抱えている法案だというのにもかかわらず、マスコミは良い点しか放送しなかった。当たり前だ。少しでも私たち若者に都合のいい報道が出ると、テレビの前に終始はりついているおじいちゃまおばあちゃまたちはテレビ局に一斉に苦情を言うのだ。その数が何百何千万となれば、恐ろしくなってテレビ局も報道に慎重になる。
 ついには勝手に手すりをはずしたとして、若者が捕まった。よくやったと称えてあげたい自分がいて、私ははあと溜息をついた。
「不満かい?」
 上司が私に笑いながら尋ねる。私はすました表情で「めっそうもありません」と答えた。
「若者たちは積極的に結婚して、たくさんの子どもを生んでいるらしい」
「老人たちに対抗するために、ですか?」
「そう。政府は子どもが生まれるたびに大金を寄付してくれるしね。おじいちゃんおばあちゃんも子どもが大好きだ。おこずかいだってあげる」
 はあと私は溜息をつく。仕事一筋に生きる女としては、その手の話題はご遠慮願いたい。
「どうだい? そろそろ結婚という道もあるんじゃないか?」
「いやですよ」私はにっこりと笑ってみせた。「私がおばあちゃんになったとき、いい思いできないじゃないですか」
 全くだ、と言って笑った。手すりに体を委ねながら。
posted by しょこ at 20:01| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Suica

 都内を電車で行き来するときに、もうSuicaを持つことが当たり前になりはじめたその日、Suicaの表示残高に俺は絶句した。
(なんだ……これ……?)
 通常最大1万程度しか入れていないはずの俺のSuicaには、大金が入っていると表示されていた。その額、表示が難しいくらい。電子プリペイドカードにこんなに入るのかと疑問になるくらいの額だった。
 俺は昨日残っていたと思われる額を思い出そうとした。前回入れたのが3月頭で、そろそろ入れ直さなきゃと思っていた時期だった。ということはあと数百円しか残っていない計算だったはず。俺は自販機に走って飲み物を適当に買ってみた。
 買えた。10本を超えても、まだ。ただの表示ミスではないらしい。俺は大量の缶ジュースを持って会社に向かうことになった。

 俺は会社の昼休みに、Suicaが使える場所を徹底的に調べた。どうしたって少額の電子プリペイドカードなのだから、あまり大きな物を買える店はなさそうだった。同僚には缶ジュースを配って、それ以上のことは話さなかった。俺はとりあえず仕事終わりに本やCDを適当に買い、買えることを確認してから、飲食店で少しだけ高級なものを食べて帰った。後のことが怖くて結局それ以上のことはできなかった。
 次の日表示を見ると、数百円に戻っていた。

『先日から話題になっていたJR東日本のエイプリルフール企画の結果が発表されました。これはとある人のSuicaに一日だけ大金をつぎ込み、Suicaでの消費度合いを調べるというもので、たくさんの会社が協力していました。
 で、結果を見ますと……飲み物が10本、本とCDが少し、それから食事ですか……。額としては少し少ないですね』
『それだけ、Suicaが使える店という物が少ない、もしくはあったとしても認識がないのでしょう』
『そうですねえ。駅で少し使えるという程度しか頭にありません。私なら……そうですね。何に使ったらいいのでしょう? 全然思い浮かびませんね』
『もっと努力が必要という認識が数千円で確認できて良かったんじゃないでしょうか』
『そうですね。では、次のニュースです』

萃香が好きです。すいませんなんでもない。
posted by しょこ at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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